要約
本法は、検査対象の組織片を乳剤化することなく、豚熱ウイルスとアフリカ豚熱ウイルスの遺伝子を迅速かつ高精度に検出するための簡易な核酸抽出法である。短時間の熱処理および遠心操作のみで核酸を迅速に抽出するとともに、PCR反応を阻害する成分を効果的に除去することができる。
- キーワード : 組織片、乳剤化不要、核酸抽出法、豚熱、アフリカ豚熱、リアルタイムPCR法
- 担当 : 動物衛生研究部門・越境性家畜感染症研究領域・海外病グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 普及成果情報
背景・ねらい
豚熱(CSF)とアフリカ豚熱(ASF)は、それぞれ異なるウイルスを原因とする豚の伝染病であり、高い伝播力と病原性を有し、養豚業に深刻な被害を及ぼす。これらの感染の拡大には野生動物、特にいのししの関与が強く示唆されており、両疾病を対象とする防疫対策が重要な課題である。CSFとASFは臨床症状が酷似するため、迅速かつ高精度な遺伝子検査法を用いた早期発見と適切な防疫措置が不可欠である。現在、国や都道府県の病性鑑定施設では、主にリアルタイムPCR法を用いた疑い事例の検査や監視が行われている。これらの検査では、山野で発見されたいのししの死体から採取した保存状態の良くない組織など、リアルタイムPCR法によるウイルス遺伝子の検出にはあまり適さない検体が提供されるケースが多く、これまでは高価な試薬を用いて被検試料となる核酸を精製し、回収することが必要とされていた。そこで、本研究では高コストで煩雑な従来法よりも簡易かつ迅速にリアルタイムPCR法へ試料を供することを可能とする新たな核酸抽出法の開発を行う。
成果の内容・特徴
- 検査対象となる臓器や皮膚の小片(5mm角、0.05 g程度)を試薬と混合し、10分間の熱処理と2分間の遠心分離という簡単な操作で、乳剤化を行うことなく、豚およびいのししの組織片からウイルス核酸を抽出できる。
- 操作工程では、PCR反応を阻害する成分を分解、凝塊化させた後、遠心分離によって固相側に分離する。この過程により、液相側からウイルス核酸を含む試料が得られる(図1)。
- 得られた試料を、CSFおよびASF検査で用いるマルチプレックスダイレクトリアルタイムPCR法に供することで、反応および検出阻害の影響を大幅に低減しつつ、高精度でウイルス遺伝子を検出できる。
- 従来法では、組織片を乳鉢やビーズ破砕機で乳剤化する工程が必要であり、操作が煩雑で交差汚染のリスクが高かった。一方、本法では乳剤化を行わずに迅速な核酸抽出が可能で、特殊な機器を必要としないため、簡便かつ効率的に検査を実施できる。また、汚染リスクの低減に加え多検体処理が容易になる。
- 本法は様々な臓器や皮膚検体においても従来法と同等の核酸抽出効率を示す(図2)。さらに、実験的に作製した腐敗した死体由来の検体や野生いのしし由来の検体にも適用可能であることが証明されている。このことから、本法は多様な状態の検体に対して高い適応性を有している。
普及のための参考情報
- 普及対象 : 都道府県家畜保健衛生所および認定民間検査機関、動物検疫所、動物医薬品検査所等。
- 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:全国。
- その他 : 本法は、国が定める特定家畜伝染病防疫指針の診断マニュアルに記載されているリアルタイムPCR法に適した試料の前処理法として活用できる。2024年10月18日より、タカラバイオ(株)から発売を開始している(製品名:Tissue Direct Solution E)。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 農林水産省(包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業:野生イノシシにおけるアフリカ豚熱防疫措置の具体化に関する緊急実証研究)
- 研究期間 : 2023~2024年度
- 研究担当者 : 西達也、國保健浩、生澤充隆、松本裕之(タカラバイオ(株))、篠塚裕子(タカラバイオ(株))、名倉有一(タカラバイオ(株))
- 発表論文等 :
- 農林水産省(2024)「野生いのししの豚熱及びアフリカ豚熱検査における組織片を用いたリアルタイムPCR用の簡易核酸抽出試薬に関する情報提供について」(2024年10月28日通知)
- 農林水産省(2025)「死亡した野生いのししの耳介を用いた豚熱及びアフリカ豚熱ウイルスの遺伝子検出検査の対応について」(令和7年1月16日通知)