要約
牛伝染性リンパ腫(EBL)発症牛の"がん細胞"には、主にTP53遺伝子やCREBBP遺伝子に体細胞変異が認められ、その変異様式は「細胞の老化」によって起こる変異と類似したパターンを示す。本研究で得られた結果は、EBL発症メカニズムの解明において基盤的な知見を提供する。
- キーワード : 牛伝染性リンパ腫、体細胞変異、がん化、変異シグネチャー解析
- 担当 : 動物衛生研究部門・動物感染症研究領域・ウイルスグループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
牛伝染性リンパ腫(EBL)は、ウイルス感染が原因となって引き起こされる牛の悪性リンパ腫で、血液中のB細胞が"がん化"することで発症する。EBLの原因ウイルスが感染しても多くの牛は無症状であり、そのうち1~5%のみが長い潜伏期間を経てEBLを発症することが知られている。しかし現在のところ、感染牛がどのような経過を経て"がん"を発症するのか、なぜ一部の感染牛のみでEBLが引き起こされるのかなど、リンパ腫を発症する詳細なメカニズムは十分に解明されていない。
"がん"は、特定の遺伝子に体細胞変異(※)が起こることで細胞分裂の制御に異常をきたし、無秩序な増殖を繰り返す"がん細胞"が生じる病気である(※卵子または精子などの生殖細胞以外の細胞(体細胞)に生じる変異で、子孫には受け継がれない遺伝子変異のこと)。したがって、がん細胞のゲノム上には"がん化"に至るまでの痕跡が体細胞変異として残されており、そのような変異の情報はEBL発症の分子メカニズムを紐解く上で重要となる。そこで本研究では、EBL発症牛におけるがん細胞の体細胞変異の解析を行うことで、発症に至るまでの変異の詳細とその背景因子を明らかにする。
成果の内容・特徴
- EBL発症牛36症例から得られた臨床検体を用いて、21種のがん関連遺伝子を標的に次世代シーケンサーによりゲノム上の体細胞変異を同定する。このとき、1症例から血液と腫瘍部位をそれぞれ解析し、腫瘍部位でのみ認められた変異を体細胞変異と判定する(図1)。
- 21遺伝子中、8遺伝子で体細胞変異が同定される(図2)。そのうちTP53遺伝子では変異頻度が69.4%と高く、またCREBBP遺伝子では全体の頻度は低いもののタンパク質翻訳への影響度が高い変異が多く認められ、EBL発症において重要な遺伝子であることが示唆される。
- 同定した体細胞変異のうち1塩基変異に着目して、変異部位の前後を含めた3塩基の組み合せ(96通り)から出現頻度をプロットすることで(図3A)、変異パターンの全体像を把握するための変異シグネチャー解析を実施する。その結果、EBLではシトシンの1つ後にグアニンが存在する部位、いわゆるCpG部位のシトシンがチミンに置換されるという変異パターンが多く認められる(図3B)。これは「細胞の老化」に関連する変異パターンと類似しており、「感染細胞の老化」がEBL発症における"がん化"の背景因子と推察される。
成果の活用面・留意点
- EBL発症において、どのような遺伝子が、どのような原因で、どのような体細胞変異を起こすのかを明らかにした本研究は、病気が引き起こされるメカニズムを理解する上で重要な知見となると考えられる。
具体的データ

その他