超極細・高染色性絹糸生産カイコの養蚕農家での飼育と生糸生産

要約

染色性を高めるようなアミノ酸配列を導入した遺伝子組換えカイコ系統は、染色性が向上するのみならず、超極細の糸を生産できる。より少ない染料で良く染まるため環境に優しい上に、超極細であることから、しなやかで光沢に優れた織物の作成が可能である。

  • キーワード:遺伝子組換えカイコ、超極細シルク、高染色性、農家飼育、生物多様性影響評価
  • 担当:生物研・絹糸昆虫高度利用研究領域・カイコ基盤技術開発グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

国内の蚕糸業は厳しい状況が続き、生産コストに見合う高付加価値製品の開発と普及による産業構造の転換が強く求められている。生糸の繊度(糸の細さ)は、絹製品の品質を左右する重要な要因であり、繊度の細い生糸は光沢に優れ、しなやかな絹製品の製造が可能となることから、細ければ細いほど高い付加価値があると受け入れられている。極細繊度の繭を生産するカイコ品種である「はくぎん」を用い、染色性を高めるようなアミノ酸配列を導入して作出した遺伝子組換えカイコにより生産される繭糸は、染色性が高まっただけでなく、繭糸繊度がさらに10%程度細く世界一細い超極細であるという特徴を持っている。
作出した遺伝子組換えカイコである「高染色性絹糸生産カイコ」(以下「本遺伝子組換えカイコ」)は、生物多様性への影響のおそれがないことを科学的に示し、農研機構、及び、群馬県蚕糸技術センターの隔離飼育区画における試験飼育の申請を行ったところ、2015年8月6日に承認された。その後、隔離飼育区画での飼育試験を経て、2020年8月21日に養蚕農家における第一種使用規程の大臣承認を得た。2017年に承認された緑色蛍光シルクを生産する遺伝子組換えカイコに続く2例目の承認である。

成果の内容・特徴

  • 2021年度に群馬県内の養蚕農家で本遺伝子組換えカイコの飼育が開始された。合計30万頭が飼育され、繭生産量は415.8kgである。繭糸繊度の平均は1.68デニールで、一般の品種と比較して約半分の細さである。
  • 本遺伝子組換えカイコから生産した生糸と「はくぎん」の生糸を同条件で染色したところ、本遺伝子組換えカイコの生糸の明度は低く、より濃く染まる(図1, 表1)。
  • 本遺伝子組換えカイコが生産したシルクで試作されたドレスは、色鮮やかで光沢性が優れている(図2)。超極細繊度の繭糸から作られる生糸は、普通の生糸と比較してより多くの本数の繭糸から構成されるため、太さの変化が少なく高品質であり、光の反射がより複雑になって美しい光沢がえられる。
  • 世界一細い7デニールの生糸を繰糸し、世界最薄の絹織物を試作したところ、軽くて光沢があり、透けて見えるほどの薄さである(図3)。この生地を使用すれば、一般的なドレスよりも軽いドレスを作成することが可能である。
  • 本遺伝子組換えカイコの飼育においては、超極細繊度を実現するために一般の品種と異なる給餌管理を行う必要がある。そのため専用の飼育標準表(表2)を作成するとともに遺伝子組換え生物の取扱いという観点も含めた飼育マニュアルを作成し飼育農家に配布している。
  • 染色は環境負荷が大きいため、少ない染料で良く染まる本遺伝子組換えカイコから生産されるシルクは、サステナブルな社会に貢献が可能である。

普及のための参考情報

  • 普及対象:養蚕農家、製糸工場
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:全国の養蚕農家と製糸工場普及を促進するため、群馬県、栃木県、福島県、愛媛県、茨城県の養蚕農家や製糸工場において飼育や繰糸の技術研修会を行っている。
  • その他:現在は遺伝子組換えカイコの普及の黎明期にあり、本遺伝子組換えカイコが生み出すシルクは明るく麗しい光沢を持つことから、愛称を「麗明」として普及を進める。本遺伝子組換えカイコの第一種使用規程に付属する飼育等要領で、農研機構は本遺伝子組換えカイコを適切に管理するため、幼虫の飼育や繭からの繰糸を行おうとする者についての情報を収集し、適切に管理できる者に限って飼育や繰糸等をさせることが定められている。また、遺伝子組換えカイコを養蚕農家で飼育した翌年には、周囲のクワコと交雑していないかを調べるためクワコのモニタリング調査が求められている。それに先立ち、モニタリング調査期間を確定するため、その地域のクワコの発生状況を調査しておく必要がある。2021年度には、栃木県、福島県、愛媛県においてクワコの調査を行っている。

具体的データ

図1 染色後の生糸の比較,図2 試作したドレス,表1 染色後の生糸の明度・色彩値,図3 7デニールの生糸を用いて試作した世界最薄の絹織物,表2 超極細系統の飼育標準表(2021年度版)

その他

  • 予算区分:交付金、農林水産省(地域戦略プロジェクト)
  • 研究期間:2008~2021年度
  • 研究担当者:冨田秀一郎、飯塚哲也、伊賀正年、岡田英二
  • 発表論文等:
    • 田村ら「昆虫への遺伝子導入ベクターおよび遺伝子産物製造法」特許第4353754号(2003年9月2日)
    • 田村ら「化合物の結合効率が向上した絹糸」特許第5098039号(2007年3月30日)
    • 飯塚(2016)育種学研究、 18: 158-164
    • 飯塚(2021)日本政策金融公庫 技術の窓、 No.2505