クリッカブルシルク産生実用カイコ系統

要約

機能分子を結合するための「結合の手」(アジド基)が組み込まれたクリッカブルシルクの量産化を実現するため、実用品種との交雑育種を実施する。その結果、クリッカブルシルクの生産量が約3倍に向上するとともに繭性状が改善して機械繰糸が可能となり量産化への道筋をつけられる。

  • キーワード:シルク、カイコ、アジド基、育種、繰糸
  • 担当:生物機能利用研究部門・絹糸昆虫高度利用研究領域・新素材開発グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

最新のバイオテクノロジーを用いて「結合の手」(アジド基)があらかじめ組み込まれたシルク繊維「クリッカブルシルク」が開発されている。この「結合の手」はペアとなる手を持つ分子が近づくと即座に安定な結合を形成するため、任意の機能分子を簡単にシルクに結合できる(下図)。シルクが本来もつ生体適合性・生分解性・高強度・加工性といった特徴にさらなる機能を付加でき、繊維・医療・電子等の幅広い分野への応用が期待される。例えば、シルクに導電性を付加した肌に優しい導電性繊維が開発されている(特許第7064199号)。しかし、クリッカブルシルクを産生する遺伝子組換え(TG)カイコは小型の実験系統をベースとしており、生産量が低く、かつ、機械繰糸に適合する繭性状を有していない。そこで本研究では、実用品種との交雑育種によってクリッカブルシルク産生実用カイコ系統を育成し、生産量ならびに繭性状の向上を試みる。

成果の内容・特徴

  • 元のTGカイコ系統(H06)と実用品種(MCS4)とを交配したF1交雑種をMCS4に対して5回戻し交雑する。その後、組換え遺伝子をホモ化し、改良系統(H06-MCS4)を確立する(図1)。
  • 育成されるH06-MCS4のクリッカブルシルク生産量はH06の約3倍に向上する(図2)。
  • H06-MCS4の繭は機械繰糸に適合した繭性状を有する。H06-MCS4の繭から繰糸されるクリッカブルシルク生糸はMCS4の生糸と同等のタフネスを有し繊維素材として利用可能である(図3)。
  • H06-MCS4と日本種実用系統(MN2)とをかけ合わせた交雑種を作製し、5,000頭スケールでの試験飼育を実施する(大日本蚕糸会蚕糸科学技術研究所の協力)。試験飼育の結果、約4kgの繭(乾繭)を収穫する(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 本研究で育成したクリッカブルシルク実用生産系統は、民間企業等が保有するTGカイコ飼育施設でのスケールアップ生産に利用できる。
  • 本研究の試験飼育で得られる繭は、機能性織物等の試作に利用できる。
  • クリッカブルシルクの社会実装に向けては、民間企業等との連携体制構築が求められる。

具体的データ

図1 交雑育種によるクリッカブルシルク産生実用カイコ系統の育成,図2 育成前後でのクリッカブルシルク生産量比較,図3 実用品種の生糸とのタフネス比較,図4 試験飼育で収穫したクリッカブルシルク繭

その他

  • 予算区分:大日本蚕糸会(貞明皇后蚕糸記念科学技術研究助成)
  • 研究期間:2019~2021年度
  • 研究担当者:寺本英敏、田 雅茜、坪井弘美、伊賀正年、中島健一、小島 桂、持田裕司(蚕糸研)
  • 発表論文等:
    • 寺本ら「トランスジェニックカイコ、および該カイコを用いた非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法」特許第7128525号(2022年8月23日)
    • Teramoto H. et al. (2018) ACS Synth. Biol. 7:801-806
    • 寺本英敏 (2021) 生化学、93:298-304
    • Tian Y. et al. (2022) J. Silk Sci. Tech. Jpn. 30:75-85