遺伝子共発現ネットワーク解析によるカイコシルクタンパク質遺伝子の発現を制御する転写因子群の同定

要約

カイコのシルクタンパク質関連遺伝子の発現制御に関わる転写因子の候補が、新規開発の遺伝子共発現ネットワーク解析プログラムと時系列発現解析によって17個同定される。得られた転写因子はゲノム編集の標的候補として有用タンパク質生産能強化への寄与が期待される。

  • キーワード : 遺伝子共発現ネットワーク解析、時系列発現解析、カイコ、シルクタンパク質、転写因子
  • 担当 : 生物機能利用研究部門・昆虫利用技術研究領域・昆虫デザイン技術グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

カイコは絹糸腺でシルクタンパク質を大量に合成し、繭を作る。この機能を利用することで、有用なタンパク質の生産工場としての活用が期待されているが、現時点でその生産効率は十分でない。生産効率を向上させるため、シルクタンパク質遺伝子の発現を制御する遺伝子(発現制御遺伝子=主に遺伝子の転写を調節する因子:転写因子)のゲノム編集技術等による改変が考えられている。しかし、これまで報告されてきたシルクタンパク質遺伝子の発現制御遺伝子は、胚発生においても重要な役割を果たすため、改変により致死となる可能性が高く、生育に影響しない発現制御遺伝子を新規に同定する必要がある。
目的とする発現制御遺伝子は、促進因子の場合は標的となるシルクタンパク質遺伝子の発現パターンと相関し、抑制因子の場合は逆相関(一方の発現が高い時にもう一方の発現が低くなる)した発現パターンを示すと予想される。このような遺伝子の探索には、発現パターンの類似性に基づいて遺伝子を分類する遺伝子共発現ネットワーク解析が有効と考えられる。しかし、既存の共発現ネットワーク構築プログラムは、演算速度が遅いため、大量の発現データに対する解析への利用は困難である。
そこで、本研究では大量の発現データを高速に処理可能な遺伝子共発現ネットワーク構築プログラムを新規に開発し、カイコの組織別遺伝子発現データを解析することで、シルクタンパク質遺伝子と共発現する転写因子を探索する。更に得られた候補については終齢期における時系列発現解析行い、シルクタンパク質遺伝子の発現制御因子として働く可能性が高い転写因子群を同定する。

成果の内容・特徴

  • 開発した遺伝子共発現ネットワーク構築プログラムであるGeneNetAnalysisは、C++言語で実装することで演算処理を高速化しており、大量の遺伝子発現データを短時間で処理できる。
  • カイコの大量の組織別遺伝子発現データを用いてGeneNetAnalysisによる遺伝子共発現ネットワーク解析を行うことにより、シルクタンパク質遺伝子の発現制御に関与すると予想される転写因子が92個見いだされる(図1)。
  • 同定した92個の転写因子について、最もシルクが生産される終齢期間の各絹糸腺領域(前中部、中中部、後中部、後部)における経時的な発現解析を行うことで、時間軸での発現パターンがシルクタンパク質遺伝子と相関または逆相関する転写因子が17個同定される(図2)。

成果の活用面・留意点

  • GeneNetAnalysisが解析可能な遺伝子発現データは生物種を問わないため、カイコ以外の昆虫種における遺伝子共発現ネットワーク解析への利用が可能である。
  • 同定した17個の転写因子は、シルクタンパク質遺伝子の発現を制御する可能性が高く、有用タンパク質生産能を向上させたカイコ系統作出において、ゲノム編集による絹糸腺の発現系改変の標的遺伝子候補となる。

具体的データ

図1 本研究で行った遺伝子共発現ネットワーク解析の概要図,図2 終齢期(0-7日目)のシルクタンパク質遺伝子と転写因子の時系列発現パターンの例

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(蚕業革命による新産業創出プロジェクト)、文部科学省(科研費)、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」(研究課題:昆虫(カイコ等)による有用タンパク質・新高機能素材の製造技術の開発・実用化)
  • 研究期間 : 2020~2021年度
  • 研究担当者 : 増岡裕大、曹巍、上樂明也、酒井弘貴、瀬筒秀樹、横井翔
  • 発表論文等 : Masuoka Y. et al. (2022) Insects 13,131