要約
組換えタンパク質生産系としてバキュロウイルス⁄カイコ生産系と遺伝子組換えカイコ生産系を比較すると、遺伝子組換えカイコ生産系は、タンパク質分解酵素による切断を受けにくい点、ヒト型に近い糖鎖修飾の付加が可能である点が利点である。
- キーワード : 組換えタンパク質、遺伝子組換えカイコ、バキュロウイルス、インターフェロンγ、糖鎖修飾
- 担当 : 生物機能利用研究部門・絹糸昆虫高度利用研究領域・カイコ基盤技術開発グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
カイコを用いた組換えタンパク質生産系であるバキュロウイルス/カイコ生産系と遺伝子組換えカイコ生産系は、共に優れた生産性を有する系であり、生産した組換えタンパク質の実用化にも成功している。これらの二つの生産系は、タンパク質を生産する組織や時期が異なっており、生産される組換えタンパク質の性状も異なっていると予想されている。しかし、同じ組換えタンパク質を用いた詳細な比較はこれまでほとんどされておらず、どちらの生産系を用いることが、目的タンパク質の生産に適しているのかの判断が困難であった。
そこで、本研究ではモデルタンパク質としてサイトカインの1種であるウシインターフェロンγを両生産系で生産し、得られた組換えタンパク質を用いてペプチドマッピングによるアミノ酸配列決定や、質量分析による糖鎖修飾解析を行うことにより、両生産系の特徴を明らかにする。
成果の内容・特徴
- バキュロウイルス/カイコ発現系では、目的遺伝子を含むバキュロウイルスを幼虫や蛹に接種し、体液から目的タンパク質を回収する。バキュロウイルスの接種から数日で目的タンパク質が回収できるが、生産のたびにウイルスを接種する必要がある。遺伝子組換えカイコ生産系では、目的タンパク質を含む発現ベクターを用いて遺伝子組換えカイコを作出し、主に幼虫の絹糸腺や繭から目的タンパク質を回収する。組換えカイコの作出から目的タンパク質の回収までは数ヶ月かかるが、一度作出した遺伝子組換えカイコは交配によって維持、増殖が可能である(図1)。両生産系でモデルタンパク質としてウシインターフェロンγを生産すると、どちらの生産系でも効率的に生産されるが、タンパク質の長さや糖鎖修飾の違いに起因すると予想される分子量の違いが見られる(図2)。
- 両生産系で生産されたウシインターフェロンγのペプチドマッピングなどによるアミノ酸配列の解析では、バキュロウイルス/カイコ生産系で生産されたウシインターフェロンの大部分はC末端付近にある核移行シグナルを含む20アミノ酸を欠失している。これに対して、遺伝子組換えカイコ生産系では、核移行シグナルを含む全長が生産されている(図3)。
- 質量分析により糖鎖修飾を解析すると、バキュロウイルス/カイコ生産系で生産されたウシインターフェロンは末端にマンノースを持つ昆虫型の糖鎖しか付加されていないが、遺伝子組換えカイコ生産系では、ヒト型の糖鎖修飾でもみられるN-アセチルグルコサミンの糖鎖修飾が60 %以上を占めている(図4)。また、末端がN-アセチルグルコサミンの糖鎖修飾のうち約20 %は、よりヒト型に近い2分岐にN-アセチルグルコサミンが付加する糖鎖修飾である(図4)。
成果の活用面・留意点
- 本研究により、バキュロウイルス/カイコ生産系と遺伝子組換えカイコ生産系では、生産までに要する時間や生産されるタンパク質の品質や糖鎖修飾に差があることが明らかになった。これらの特徴の違いは両発現系を選択する際に有用な指標となる。
- 遺伝子組換えカイコ生産系は、バキュロウイルス/カイコ生産系と比較して生産される組換えタンパク質の短小化や分解が起こりにくいことが期待されるため、生理活性を保持したまま組換えタンパク質を生産したい場合や、末端の配列が重要な場合にも適応可能である。
- 遺伝子組換えカイコ生産系の糖鎖修飾はよりヒト型に近く、末端の2分岐にN-アセチルグルコサミンが付加可能であるため、完全ヒト型である2分岐シアル酸付加型糖鎖修飾への改変が期待される。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、農林水産省(「新需要の創造に向けた研究推進」のうち「昆虫ゲノム情報を活用した新需要創造のための研究」)
- 研究期間 : 2008~2022年度
- 研究担当者 : 立松謙一郎、宮澤光博、瀬筒秀樹、田村俊樹、梶浦裕之(大阪大)、藤山和仁(大阪大)、野村雄(シスメックス)、宇佐美昭宏(シスメックス)
- 発表論文等 : Kajiura H. et al. (2022) Sci Rep. 12(1):18502. doi: 10.1038/s41598-022-22565-7.