要約
新規遺伝子GH1G5はグリコシダーゼをコードしており、カイコ中腸においてクワ葉由来のフラボノイドの吸収を仲介している。この遺伝子のゲノム編集によって、フラボノイドの蓄積を阻害することで繭が白くなり、さらに繭層が重くなることがわかり、繭の形質を改変することが可能である。
- キーワード : カイコ、ゲノム編集、育種技術、繭色、フラボノイド
- 担当 : 生物機能利用研究部門・絹糸昆虫高度利用研究領域・カイコ基盤技術開発グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
近年の気温上昇により、耐暑性カイコ品種の作出が求められている。例えば群馬県では、猛暑日が13~14日増えると、繭の収量が2割程減ると報告されている。熱帯由来のカイコ品種は耐暑性に優れるが、繭への不純物(フラボノイド等)の蓄積による着色や低収量といった不良形質がみられ、耐暑性品種の品種改良が求められている。こうした形質を改変したい場合、交雑育種を行う必要があるが、時間と手間が大きい上、関連しないゲノム領域の変化により本来の形質が失われてしまう可能性もある。農業上有用な形質の多くは、複数の遺伝子の効果の組み合わせによって決定されており、このような形質を総称して量的形質(quantitative trait)と呼び、量的形質を決定している遺伝子座をQTL(quantitative trait locus)と呼んでいる。そこで本研究では、QTL解析を行なってカイコにおけるフラボノイド代謝関連遺伝子を同定するとともに、その遺伝子の機能をゲノム編集(ノックアウト)によって直接改変することにより、繭の不純物であるフラボノイドの除去技術を開発する。
成果の内容・特徴
- 染色体15番、20番、27番には、繭中に蓄積されるフラボノイド量に関わる有意なQTLが存在する。これらの責任遺伝子を同定し、改変することでフラボノイド量が変わることが期待される。
- 中腸で発現するグリコシダーゼ遺伝子GH1G5が、染色体20番上のQTLの責任遺伝子である(図1)。GH1G5をゲノム編集(ノックアウト)することで、組織中および繭中のフラボノイド量は元系統と比較して52-66%減少し、繭色は白に近づく。さらに、ノックアウト変異体では繭層重(繭のうち蛹を含まない重量)が人工飼料育において13-17%、桑育において6-7%向上する(図2)。
- GH1G5はクワ葉における主要なフラボノイド配糖体であるケルセチン3-O-ルチノシド(ルチン)、ケルセチン3-O-マロニルグルコシド、ケルセチン3-O-グルコシドに対する加水分解活性を示す(図3)。GH1G5は中腸内腔でケルセチン配糖体の加水分解をすることで、ケルセチンの吸収を仲介していると考えられる。ルチンを基質とする加水分解酵素は動物で初めての発見である。
成果の活用面・留意点
- GH1G5をゲノム編集によってノックアウトすることで、関係のないゲノム領域の変化を伴わずに繭形質(フラボノイドの除去、色の白色化、繭層重)を改善することが可能である。
- この成果は、フラボノイド繭系統の繭色改変技術として利用可能である。また、白繭カイコ系統でも一部はGH1G5の機能的なハプロタイプを保存しているので、GH1G5の改変によって繭の白度のさらなる向上や繭層重の向上をもたらすことも期待できる。
- 一方で、繭のフラボノイドには抗酸化作用や紫外線保護機能があることも知られている。場合によってはこの遺伝子を導入することで、フラボノイドの蓄積量を増やすという利用方法も想定できる。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、農林水産省(委託プロジェクト研究:昆虫(カイコ)テクノロジーを活用したグリーンバイオ産業創出プロジェクト)
- 研究期間 : 2020~2023年度
- 研究担当者 : 和泉隆誠、平山力、冨田秀一郎、飯塚哲也、桑崎正剛、上樂明也、坪田拓也、横井翔、山本公子、瀬筒秀樹
- 発表論文等 :