要約
シルク(絹糸)を構成するセリシンのみからなるゲルフィルムは、薬剤の担持・放出と水分コントロールが可能であることを明らかにする。このゲルフィルムは細胞の接着性が低いことから、本研究で明らかにする上記特性と合わせて創傷保護被覆材への応用が期待される。
- キーワード : シルク、セリシン、薬剤担持・放出、水蒸気透過性、創傷保護被覆材
- 担当 : 生物機能利用研究部門・絹糸昆虫高度利用研究領域・新素材開発グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
火傷、ケガ、潰瘍等の皮膚損傷を治癒するため、様々な創傷保護被覆材が市販されている。そのほとんどが合成ポリマーを素材とし、銀の配合で抗菌性が付与された被覆材もある。より生体適合性に優れる素材としてタンパク質の利用が注目され、人工合成タンパク質の治験が行われている。シルク(絹糸)を構成する天然タンパク質であるフィブロインおよびセリシンは安全性と強度に優れ、創傷保護被覆材への利用が可能である。特にセリシンからなるゲルフィルム(ゲルの網目構造をもつ薄膜)は含水性が高く細胞接着性が低いため、創部の湿潤環境を維持し組織を癒着しない創傷保護被覆材としての利用が期待される。しかし、創傷被覆保護材として重要な薬剤(抗菌剤等)の担持・放出特性および水蒸気透過性が不明である。
そこで本研究では、セリシン100%からなるゲルフィルムの薬剤担持・放出特性および水蒸気透過性を明らかにすることにより、創傷被覆保護材としての利用可能性をより明確にする。
成果の内容・特徴
- セリシンゲルフィルム(写真1)の内部には、分子量数百から数万の異なるサイズのモデル薬剤を担持させることができる(図1)。
- セリシンゲルフィルムの内部に担持された薬剤は、分子量数百から数千の低分子・中分子薬剤は速やかに放出され、分子量数万の高分子薬剤は強固に保持される(図2)。
- セリシンゲルフィルムの水蒸気透過性(試料で密閉した容器からの水分蒸発量を元に計算)は、水と接触しない条件(Dry条件)では濾紙より低く、水分の蒸発を抑制する。また、市販の創傷保護被覆材よりは高い水蒸気透過性を示す(図3)。
- セリシンゲルフィルムの水蒸気透過性は、水と接触する条件(Wet条件)では市販の創傷保護被覆材より大幅に高く、水分の蒸発を抑制する効果を示さない(図3)。
成果の活用面・留意点
- セリシンゲルフィルムは分子量数百から数千の低分子・中分子薬剤の担持・放出に利用できる。ただし放出は30分程度で速やかに完結し、長期の徐放効果は示さない。
- セリシンゲルフィルムは水との接触有無で水蒸気透過性が大きく変化する特徴をもち、創部における水分(浸出液等)の過剰な滞留を防止する用途に有効と考えられる。
- セリシンゲルフィルムは、セリシンのみを生産するカイコ品種が作る繭を原料として調製される。このカイコ品種は農研機構が保有しており、通常のカイコと同様に飼育可能である。
- 繭からゲルフィルムへの加工には臭化リチウム等の中性塩を用いるため、それらのゲルフィルム中での残存に留意する必要がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金
- 研究期間 : 2022~2023年度
- 研究担当者 : 寺本英敏、坪井弘美
- 発表論文等 :
- 寺本、坪井(2023)日本シルク学会誌、31:53-62
- 亀田ら「タンパク質フィルムの製造方法」特許第5229769号(2013年3月29日)
- Teramoto H. et al. (2008) Biosci. Biotechnol. Biochem. 72:3189-3196