要約
昆虫の母親から卵に伝わりオス発生阻害に関与するウイルスをショウジョウバエの一種から発見し、そのゲノム構造を解明した。それによりウイルスが持つ昆虫のオス発生阻害遺伝子を特定した。性をコントロールすることによる害虫防除等への応用利用が期待できる。
- キーワード : ウイルス、昆虫、オス発生阻害、共生微生物
- 担当 : 生物機能利用研究部門・昆虫利用技術研究領域・昆虫制御技術グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
昆虫のオスのみを胚の段階で殺す「オス発生阻害」を引き起こすなど、昆虫の性や生殖を操作する共生微生物としてボルバキア等の多様な細菌が知られており、近年その操作メカニズムが徐々に解き明かされようとしている。一方、細菌に比べてゲノム構造がはるかに単純なウイルスにおいても昆虫の性や生殖を操作するものがいることについては、ほとんど注目されていない。
ヤマカオジロショウジョウバエにおいて「オス発生阻害」現象が起きることにより、メスのみが産出される系統を発見した。当初ボルバキア等の細菌の関与を調査したが、「オス発生阻害」に関与する細菌の存在は確認できなかった。そこでヤマカオジロショウジョウバエにおける「オス発生阻害」現象を引き起こす要因を解明する。
成果の内容・特徴
- ヤマカオジロショウジョウバエの「オス発生阻害」系統の成虫をすりつぶしたものを通常系統に注射すると、オス発生阻害を起こすようになることから、「オス発生阻害」の原因は感染性の因子である。
- 「オス発生阻害」が起きている系統と起きていない系統に含まれる核酸(RNA)を、大規模シークエンサーを用いて網羅的に比較すると、「オス発生阻害」系統のみで4本のRNA断片が大量生産されていることが分かる(図1)。4本のRNA断片は1つのウイルスゲノムを構成する分節RNAであり、最長の分節(分節1)には、RNAウイルスの複製に必要な酵素として知られるRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)の情報が載っている。これらはヤマカオジロショウジョウバエでの「オス発生阻害」現象がウイルスによるものであり、さらにRdRpの配列情報から植物やカビに共生する病原性を持たないウイルスとして知られるパルティティウイルスに近縁するウイルスと考えられる(図2)。
- 各分節に存在する遺伝子(遺伝子1~遺伝子4)を非感染のキイロショウジョウバエにおいて発現させると、分節4に存在する遺伝子(遺伝子4)を発現させたときのみオス発生阻害を起こす(図3)ことから、分節4に載っている遺伝子がオス発生阻害遺伝子である。
成果の活用面・留意点
- 昆虫が持つ共生ウイルスはほとんど手が付けられていない未踏の分野であり、今後様々な発見やその利用が期待される。
- 今回見つかったオス発生阻害遺伝子の解析は、昆虫の性決定システムの理解につながるだけでなく、性をコントロールすることによる害虫防除や有用昆虫改変等、新たな昆虫制御技術の開発に役立つことが期待される。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、農林水産省(ムーンショット型農林水産研究開発事業)、文部科学省(科研費)
- 研究期間 : 2015~2022年度
- 研究担当者 : 陰山大輔、長峯啓佑、杉本貴史、上樂明也、春本敏之(京都大)、藤原亜希子(群馬大)、田村克(国立衛研)、加藤雄大(愛媛大)、和多田正義(愛媛大)
- 発表論文等 :
- Kageyama D. et al. (2017) Biology Letters 13:20170476
- Kageyama D. et al. (2023) Nature Communications 14:1357