要約
遺伝暗号拡張は、タンパク質を構成するアミノ酸の種類を増やす手法である。汎用性の高いピロリシル-tRNA合成酵素/ピロリシルtRNAペアを用いる遺伝暗号拡張をカイコに適用し、クリック反応性などの機能をもつ多様な人工アミノ酸を導入したタンパク質の大量生産を可能にする。
- キーワード : 遺伝暗号拡張、カイコ、人工アミノ酸、ピロリシル-tRNA合成酵素、シルクタンパク質
- 担当 : 生物機能利用研究部門・絹糸昆虫高度利用研究領域・新素材開発グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
カイコ(学名:Bombyx mori)はシルクタンパク質の合成に特化された絹糸腺という器官をもち、1頭あたり0.5グラムものタンパク質を生産する能力を備える。シルクタンパク質は古くから繊維としてテキスタイル素材や縫合糸として利用されており、バイオテクノロジーの力で機能を付加することでさらに多様な活用が期待できる。またカイコはバイオ医薬品等の外来タンパク質の生産ホストとしても利用されている。タンパク質合成に利用されるアミノ酸は通常20種類に限られているが、遺伝暗号拡張はこの制約を取り払い、多様な機能をもつ人工アミノ酸のタンパク質中への導入を可能にする。
本研究では、他生物で最も汎用されている遺伝暗号拡張手法であるピロリシル-tRNA合成酵素(PylRS)/ピロリシルtRNA(tRNAPyl)ペアを用いる手法をカイコに適用し、タンパク質への人工アミノ酸の導入が可能であることを明らかにする。PylRSは古細菌由来のアミノアシル化酵素であり、ピロリシン(Pyl)という特殊なアミノ酸をtRNAPylに結合させる活性をもつ。PylRSではPyl以外に様々な人工アミノ酸を認識する変異体がすでに報告されているため、PylRS/tRNAPylペアを用いて多様な機能をもつタンパク質をカイコで生産することが期待される。本研究では、クリックケミストリーによる化学修飾が可能な人工アミノ酸trans-シクロオクテンリシン(TCO-Lys)をモデルアミノ酸として用い、PylRS/tRNAPylペアによる遺伝暗号拡張手法がカイコへ適用可能であることを実証する。
成果の内容・特徴
- 古細菌(M. mazei)由来PylRS(Y306A/Y384F変異体)を後部絹糸腺で発現する遺伝子組換え(TG)カイコ(H16系統)と、tRNAPyl(アンチコドンはグリシンに対応するGCC)を全身で発現するTGカイコ(H20系統)とを交配し、PylRS/tRNAPylペアを後部絹糸腺で発現するF1交雑種(H16×H20)を得る(図1)。
- 上記F1交雑種にTCO-Lysを飼料とともに経口投与して得られる繭層からフィブロインタンパク質を抽出・溶解し、クリック反応で蛍光色素(Cy5メチルテトラジン)を結合させる(図2)。
- 蛍光色素を反応させたフィブロインタンパク質を電気泳動で分離し蛍光観察を行うことにより、TCO-Lysを投与した場合にのみフィブロインタンパク質上に蛍光が観察されること、TCO-Lysの投与量に応じて蛍光強度が増大すること、が確認できる(図3)。
- 上記の検討から、PylRS/tRNAPylペアによる遺伝暗号拡張手法がカイコへ適用可能であることが実証される。
成果の活用面・留意点
- 遺伝暗号拡張に利用できるPylRS変異体は複数種類が知られており、目的に適したPylRS変異体を選択できる。
- tRNAPylのアンチコドンは目的に応じて任意のものに変更が可能であり、タンパク質中の特定の残基を一定の割合で人工アミノ酸導入に置換することができる。
- 本手法を用いれば、クリックケミストリーへの適合だけでなく、様々な機能をシルクタンパク質あるいはその他の外来タンパク質に付加することができる。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 文部科学省(科研費)
- 研究期間 : 2020~2024年度
- 研究担当者 : 寺本英敏、小島桂
- 発表論文等 : Teramoto H. and Kojima K. (2024) ACS Synth. Biol. 14:87-93