要約
Dead ringer遺伝子は、幼若(ようじゃく)ホルモンを合成するために必要な複数の酵素遺伝子を誘導し、若い幼虫が蛹になることを防ぐ遺伝子である。この遺伝子を人為的に制御することで、害虫や有用昆虫の発育を制御する技術開発への応用が期待できる。
- キーワード : Dead ringer遺伝子、幼若ホルモン、変態、転写因子、成長制御
- 担当 : 生物機能利用研究部門・昆虫利用技術研究領域・昆虫制御技術グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
多くの昆虫は、幼虫の間にエサを盛んに食べ、幼虫から幼虫への脱皮を繰り返して成長し、十分に大きくなると脱皮してサナギになり、さらにもう一度脱皮して成虫になる(図1)。幼虫からサナギ、またはサナギから成虫への脱皮は変態と呼ばれている。まだ十分に成長していない幼虫が、サナギにならずにひと回り大きい幼虫に脱皮するのは、幼若ホルモンという昆虫特有のホルモンがサナギへの変態を抑えているためである。幼若ホルモンは、昆虫の脳につながっているアラタ体と呼ばれる非常に小さな器官で作られるが、なぜアラタ体だけが幼若ホルモンを作ることができるのかは、これまで不明である。本研究では、幼虫期にアラタ体のみで使われている遺伝子を解析し、幼若ホルモンを作るために必要な新たな遺伝子を探索し、発見した遺伝子の働きを明らかにすることで、幼虫状態を維持するメカニズムの一端を明らかにする。
成果の内容・特徴
- 次世代シーケンサーを用いて、カイコ幼虫のアラタ体だけで働いている遺伝子を探索すると、Dead ringerという遺伝子が見つかる(図2)。
- RNA干渉法を使ってキボシカミキリのDead ringer遺伝子の働きを低下させると、幼虫から幼虫への脱皮回数が減り、幼虫期間が通常よりも約半分ほどに短縮される。そして、若い幼虫からサナギへの早熟変態が起こり、体重が1/4程度の小さなサナギになる(図3左)。
- また、Dead ringer遺伝子のRNA干渉を行った幼虫に幼若ホルモンを処理すると、通常の幼虫と同じように幼虫から幼虫への脱皮が起こり、早熟変態が起こらなくなる。このことから、Dead ringer遺伝子の働きを低下させることで、幼若ホルモンが十分量作られなくなり、早熟変態が引き起こされると考察できる。
- 通常の幼虫とDead ringer遺伝子のRNA干渉を行った幼虫のアラタ体での各種遺伝子の働きを比較すると、Dead ringer遺伝子の働きを低下させた幼虫では、幼若ホルモンの合成に必要な複数の酵素遺伝子の働きが低下していることが確認される(図3右)。
- 本研究から、幼虫期のアラタ体細胞において、Dead ringerが幼若ホルモンを作るために必要な酵素遺伝子のスイッチを一斉にONにすることで、酵素タンパク質が作られることが分かる。これらの酵素タンパク質の化学反応によって幼若ホルモンが作られ、幼若ホルモンがサナギへの変態を抑えることで、幼虫状態が維持される(図4)。
成果の活用面・留意点
- 本研究により、幼若ホルモンがアラタ体で作られる仕組みの一端が明らかになったことで、「昆虫の発育をコントロールする技術開発」が期待できる。例えば、Dead ringer遺伝子の機能を低下させる薬剤を開発できれば、これを投与した害虫は幼虫期に幼若ホルモンが作れず、摂食が盛んな幼虫期を維持できなくなるため、農業被害を低減することが可能になる。
- 今後、昆虫の脱皮・変態のメカニズムをさらに詳しく調べ、将来的に薬剤やバイオテクノロジー技術を使って、有用な昆虫の発育をコントロールできる可能性がある。例えば、幼虫期間を延長して幼虫を巨大化させ、タンパク質等の有用物質をより多く生産させたり、ショウジョウバエやカイコのように、研究に用いる突然変異体等の多くの系統を持つ昆虫については、幼虫期を短縮することで系統維持に必要な労力やコストの削減が見込まれる。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 文部科学省(科研費)
- 研究期間 : 2016~2024年度
- 研究担当者 : 粥川琢巳、長峯啓佑、乾智洋、横井翔、小林功、中尾肇、石川幸男(摂南大)、松尾隆嗣(東京大)
- 発表論文等 : Kayukawa T. et al. (2024) PNAS Nexus 3:435