常温乾燥保存可能な匂いセンサー培養細胞

要約

ネムリユスリカ由来の培養細胞Pv11は乾燥耐性を有する。Pv11に嗅覚受容体を安定発現させると、常温で乾燥保存しても、水戻しした後に乾燥保存前と同様に匂いに応答可能である。本技術を利用して、小型で持ち運び可能な匂いバイオセンサーの開発が期待される。

  • キーワード : 培養細胞、常温乾燥保存、嗅覚受容体、匂いセンサー
  • 担当 : 生物機能利用研究部門・生物素材開発研究領域・動物モデル・機能利用開発グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

多様な「匂い」の検出に向けて生物の能力の活用が期待されており、国内外の研究機関で培養細胞を用いた匂いセンサーの開発が進められている。培養細胞を用いた匂いセンサーは、生物が持つ匂いを感じるしくみ(嗅覚受容体など)を応用したものであり、ヒトや動物の嗅覚に近い応答を示す特性を生かし、医療診断、食品の品質評価など幅広い分野への利用が期待されている。しかしながら、一般的には、培養細胞は適切な温度や湿度、さらには大気中より高い二酸化炭素濃度の下で維持する必要があるため、培養細胞を用いた匂いセンサーには長期保存や輸送の点で課題があり、研究施設外での利用における制約が大きい。
昆虫の一種であるネムリユスリカの幼虫は、極限的な乾燥に耐える能力を持ち、水がない環境で無代謝休眠状態に入り、数年間生き延びることができる。ネムリユスリカ由来の培養細胞Pv11も乾燥耐性能力を示し、常温で乾燥保存できる唯一の培養細胞である。そのPv11に嗅覚受容体を導入することで、培養細胞を用いた匂いセンサーの長期保存と輸送に関する問題の解決が期待される。

成果の内容・特徴

  • 嗅覚受容体は匂い物質に反応すると細胞外からカルシウムイオンを取り込むはたらきを持つ。Pv11にショウジョウバエ由来の嗅覚受容体Or47a遺伝子と、嗅覚受容体とともにはたらく共受容体Orco遺伝子、さらに細胞内に流入したカルシウムイオンを検出する蛍光マーカーGCaMP6f遺伝子を導入した培養細胞(Pv11-00443-Or47a)は、乾燥耐性を保持しており、Or47aが認識するバナナ様の果実臭を持つ匂い物質(酢酸ペンチル)を加えると蛍光応答を示す(図1)。
  • Pv11-00443-Or47aは酢酸ペンチルに対して濃度依存的に強い蛍光を発する(図2 : 黒線)。酢酸ペンチルに対する半数効果濃度(EC50)は3.4μMで、これまで報告されているOr47aを導入した動物細胞で得られた値(EC50 : 2~30μM)と同様の値を示す。また、酢酸ペンチルに繰り返し曝露しても応答可能である。
  • Pv11-00443-Or47aを乾燥させて常温で2週間保存した後に再水和しても、酢酸ペンチルに対して濃度依存的に蛍光強度が変化し、乾燥前とほぼ同様の応答を示す(EC50 : 8.1μM)(図2 : 赤線)。さらに、乾燥状態で長期間(3年間)保存したPv11-00443-Or47aも、再水和後に酢酸ペンチルに対して応答可能である。

成果の活用面・留意点

  • 今回作成したPv11-00443-Or47aは、長期保存可能な匂いセンサー細胞の開発のための基盤的技術として重要である。
  • Pv11における嗅覚受容体の発現システムを改良することで、より強い蛍光シグナルと再水和後の応答が得られるものと考えられる。また、様々な匂い受容体をPv11に導入した匂いセンサー細胞を作出することで、より多様な匂い物質への対応が期待される。
  • 匂いセンサー細胞と小型センサーデバイスとの組み合わせにより、医療診断や食品の衛生管理に応用できる持ち運び可能な匂いセンサーの開発が期待される。

具体的データ

図1 乾燥保存可能な匂いセンサー培養細胞のしくみ,図2 匂い物質(酢酸ペンチル)に対する匂いセンサー細胞Pv11-00443-Or47aの応答

その他

  • 予算区分 : 交付金
  • 研究期間 : 2019~2025年度
  • 研究担当者 : Cornette Richard、志村幸子、黄川田隆洋、宮田佑俉、徳本翔子、布施寛人(東大)、Elisabeth Smela(メリーランド大学)、Pamela Abshire(メリーランド大学)、Ricardo C. Araneda(メリーランド大学)、Roy Anderson(メリーランド大学)、Redwan Haider(メリーランド大学)
  • 発表論文等 : Fuse H. et al. (2025) Scientific Reports 15:35533
    https://doi.org/10.1038/s41598-025-19627-x