コムギおよびオオムギのスマート育種を支えるDNA多型解析技術

要約

ゲノムサイズが大きなムギ類でも、ゲノム全体のDNA多型を効率的に調査できる技術である。本技術はプライマー配列情報およびその利用技術からなり、全国のコムギおよびオオムギ育成地の材料の遺伝的多様性の解析やゲノム選抜に利用可能である。

  • キーワード : コムギ、オオムギ、次世代シーケンサー、DNA多型解析、ゲノム選抜
  • 担当 : 作物研究部門・スマート育種基盤研究領域・育種ビッグデータ整備利用グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

現在、作物の形質やゲノム情報、品種の系譜、栽培環境など、様々な情報を統合して解析することで、効率的に品種開発を行うスマート育種基盤の構築が進められている。これら情報のうち、個体や品種・系統間の遺伝子の配列の違い(DNA多型)は選抜の指標となる重要な情報である。次世代シーケンサーの登場によりゲノム全体のDNA多型の調査は比較的容易になったが、ゲノムサイズの大きなコムギやオオムギでは、大量のデータの取り扱いの難しさやコストの面から多数の個体の調査が必要な育種現場での利用が進まないことが問題となっている。
そこで、本研究では、ゲノム中から重要な領域のみを絞り込んでシーケンスすることによって、ゲノムサイズが大きなムギ類でも効率的にゲノム全体のDNA多型を調査できる技術を構築する。さらに本技術を、全国のコムギおよびオオムギの育種材料に適用し、その利用可能性を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 本技術はプライマー配列情報およびその利用技術からなる。プライマーは、ゲノム全体に分布し、かつ国内の主要品種間で多型頻度の高い領域として、オオムギ768箇所、コムギ960箇所を選定し、これら領域をPCRで増幅できるものである。これらプライマーによる増幅産物を次世代シーケンサーで多数の個体を同時に解読することで効率的にDNA多型を調査することができる(図1)。
  • 多型情報の多い領域を濃縮して解読することでデータ量を抑えることができるため、解析サーバーだけではなく、パソコンでも比較的短時間で解析を実施することができる。
  • 本技術を全国8ヵ所のオオムギ、8ヵ所のコムギ育成地の材料に適用し、得られたDNA多型情報で主成分分析を行った場合、第1主成分では主に早晩性、第2主成分では主に皮裸性(オオムギ)あるいは播性(コムギ)に関する材料間の違いを良く説明できる(図2)。
  • オオムギの千粒重や精麦白度、コムギの粉色や製粉性など、本技術で得られたDNA多型の情報から形質の値を予測できる可能性があることから、ゲノム選抜のためのDNA多型解析技術として育種現場での利用が見込まれる(表1)。

成果の活用面・留意点

  • 本技術はムギ類の育種担当者が交配親の選定および選抜に利用できる。その場合、現在育種選抜に用いられている主働遺伝子の遺伝子型についても、本基盤で同時に調査できる場合がある。
  • 別途整備している系譜情報と合わせることで、対象とする品種が両親のどの部分を受け継いでいるのかなど、染色体レベルでの把握が可能になる。
  • 海外の醸造用オオムギ品種は図2左の左上、北米や欧州の秋播コムギ品種は図2右の左下に位置づくことが分かっており、本技術はこれら海外品種を導入した後代の選抜にも利用可能である。ただし、海外の遺伝資源や野生種など、新たな素材を導入した場合には多型頻度の高い領域は変化することから、必要に応じてマーカーをアップデートする必要がある。
  • 本基盤の利用には次世代シーケンサーが必要である。なお、PCRによる増幅量がマーカー間で均一ではないため、増幅量の少ないマーカーはDNA多型のデータが得られない場合がある。その場合は、再度シーケンスを実施してデータを追加する必要がある。

具体的データ

図1 ムギ類育種のためのDNA多型解析技術の概念,図2 全国のオオムギおよびコムギの育種材料における遺伝的多様性,表1 オオムギおよびコムギの重要形質におけるDNA多型情報からの形質値の予測精度

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(戦略的プロジェクト研究推進事業:民間事業者等の種苗開発を支える「スマート育種システム」の開発)
  • 研究期間 : 2016~2022年度
  • 研究担当者 : 石川吾郎、坂井寛章、水野信之、Elena Solovieva、田中剛、松原一樹
  • 発表論文等 : Ishikawa G. et al. (2022) Breed. Sci. 72:257-266
    doi:10.1270/jsbbs.22004