要約
稲において開発したリンの遺伝子発現指標(バイオマーカー)により、植物体内のリン栄養状態を定量的に評価できる。また、そのバイオマーカーの動態を光センシング技術で検出できる可能性を示す。
- キーワード : リン、稲、遺伝子発現、バイオマーカー、光センシング技術
- 担当 : 作物研究部門・スマート育種基盤研究領域・育種ビッグデータ整備利用グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
将来的にリン肥料の原料となるリン鉱石は、世界レベルで枯渇が懸念されており、日本はすべて海外からの輸入に頼っていることから、作物のリン利用効率の向上やリンの適正施肥は重要な課題である。そのため、作物のリン栄養環境に対する応答を正確に評価する技術が必要である。
そこで、本研究では大規模かつ多様な遺伝子発現情報が整備されている稲において、植物体内のリンの栄養状態に依存して発現変動する遺伝子(バイオマーカー)を探索し、低リン環境に対する稲の反応を評価することでバイオマーカーの有用性を検証する。また、解析に手間とコストがかかる遺伝子発現による評価を、簡便かつ非破壊的な光センシング技術に代替できるか検証する。
成果の内容・特徴
- 低リン環境において稲の葉身で発現が誘導される遺伝子群は、植物体内のリン栄養状態を評価するバイオマーカーとして有効である(図1,2)。
- 稲の生育や収量に差が認められない場合でも、リン酸吸収係数が高く植物が利用しやすい可給態リン酸が少ない土壌の水田では分げつ形成期にバイオマーカーの発現が見られる(図1)。
- リン施肥量を変えたポット試験で稲を栽培した場合、施肥量に応じてバイオマーカーの発現は変化するが、草丈、穂数、穂重は一定の施肥量以下にまで低下が見られない(図2)。つまり、このバイオマーカーは植物体内のリンの栄養状態を定量的に評価可能であり、生育や収量等の見た目に影響が出ないレベルの低リン環境でも植物の反応を検出できる。
- 近赤外領域のハイパースペクトルカメラで撮影した葉のスペクトル情報を利用して、バイオマーカーの発現レベルを予測できる(図3)。
成果の活用面・留意点
- 定量的に植物体内のリンの栄養状態を評価できるバイオマーカーは、リン利用効率に関係する品種間差の検出や適性施肥のための栄養診断に利用できる可能性がある。
- 精度は高いが手間とコストのかかる遺伝子発現によるリン栄養状態の評価を、簡便・低コストな光センシング技術を用いた評価へ置き換えることができる可能性がある。
- 本研究はつくば市の圃場で栽培した稲のサンプルを用いた解析結果に基づくため、さらに様々な環境においてデータを取得してバイオマーカーの有用性を評価するとともに、予測モデルの精度を向上させる必要がある。
具体的データ
その他
- 予算区分 : 交付金、農水水産省(戦略的プロジェクト研究推進事業:民間事業者等の種苗開発を支える「スマート育種システム」の開発(PRISM))、文部科学省(科研費)
- 研究期間 : 2015~2021年度
- 研究担当者 : 竹久妃奈子、佐藤豊
- 発表論文等 :
- Takehisa H. & Sato Y.(2019)Plant J. 97:1048-1060
- Takehisa H. et al. (2022) Plant Cell Environment 45:1507-1519