植物ホルモン類縁体プロヒドロジャスモンを用いた害虫忌避技術

要約

植物の抵抗性を誘導するプロヒドロジャスモンの忌避作用によりアザミウマ類の密度や食害を低減し、その媒介ウイルス病の感染を抑制する技術である。トマト、ミニトマト、ピーマン、ナス、イチゴ、キクでは、圃場においてアザミウマ類や線虫類へ防除効果が認められる。

  • キーワード : 害虫忌避剤、植物ホルモン、プロヒドロジャスモン、誘導抵抗性、農薬登録(適用拡大)
  • 担当 : 植物防疫研究部門・作物病害虫防除研究領域・生物的病害虫防除グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

農業生産現場では害虫類の薬剤感受性の低下が大きな問題となっており、既存の化学合成殺虫剤に過度に依存しない新たな防除技術の開発が急務となっている。植物と植食性昆虫との相互作用を害虫防除へ応用する試みは最近注目を浴びており、植物が生来備えている害虫に対する抵抗性を活用する技術は、持続的な害虫管理を実現する上で今後重要な位置を占めるものと考えられる。そこで本研究では、植物の抵抗性を誘導するジャスモン酸(植物ホルモンの一種)の作用を応用し、その類縁体であるプロヒドロジャスモン(以下、PDJ)を難防除害虫アザミウマ類などに対する害虫忌避剤として開発するために、その処理方法や処理条件、適用可能な野菜類や花き類を明らかにすることにより、技術の実用化と普及を目指す。

成果の内容・特徴

  • PDJの処理により、野菜・花き類に寄生するアザミウマ類の害虫密度や食害を低減できる。トマト、ピーマン、キクでは、PDJの散布処理によりウイルス感染を低く抑えられる(図1)。
  • 本剤の処理方法や処理条件は作物種によって異なり、250~500倍希釈液の散布、潅注、頭上潅注により、地上部のアザミウマ類や地下部の線虫類などの密度や被害を抑制可能である。トマトとキクでは、作物の地上部全体に薬液がかかるように頭上潅注することにより、アザミウマ類と線虫類の同時防除が期待できる(図2)。
  • 図2の処理方法や処理条件で本剤を処理することにより、トマト、ミニトマト、ピーマン、ナス、イチゴ、キク圃場におけるアザミウマ類や線虫類等の密度を低く抑えることができる(表1)。
  • 本剤の効果は、植物のバイオマーカー(誘導抵抗性の指標となる遺伝子や代謝物)に基づいた害虫忌避力評価システムで確認できるため、効果の高い作物や品種を簡易にスクリーニングできる。また、捕食性天敵タバコカスミカメとの併用も可能である(表2)。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : ナス科果菜類、イチゴ、キクの生産者、普及指導機関(トマト、ミニトマト以外は登録申請中)
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 全国の上記作目のアザミウマ類実防除面積約6,200ha(総実防除面積約20,600haの30%)(令和3、4年度農林水産統計資料より)
  • その他 :
    • トマト及びミニトマトでは、アザミウマ類を対象害虫として2021年3月に農薬登録(適用拡大)され、ジャスモメート液剤として販売されている。ピーマン、ナス、イチゴ、キクにおいても、アザミウマ類を対象害虫として農薬登録に必要な試験例数を揃え、適用拡大申請中である。
    • ジャスモメート液剤(500ml)の市販価格:約4,500円(税込)。
    • 本剤による防除は殺虫ではなく忌避によるため、害虫の薬剤感受性低下のリスクが極めて低い。また、土壌分解性が高いなど環境負荷も小さい。ADI(一日摂取許容量)に基づく、みどりの食料システム戦略で設定されているリスク換算係数は最も低いグループに分類される(表2)。

具体的データ

図1 プロヒドロジャスモン処理によるミカンキイロアザミウマの密度及びウイルス媒介抑制効果,図2 主要野菜・花き類でのプロヒドロジャスモンの処理方法及び処理条件,表1 防除効果が認められている作物と害虫,表2 既存の化学合成殺虫剤との比較

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(イノベーション創出強化研究推進事業)、SIP
  • 研究期間 : 2014~2023年度
  • 研究担当者 : 櫻井民人、村田岳、安達修平、冨高保弘、立石靖、上杉謙太、村上理都子、勝野智也、大西純、水谷信夫、安部洋(理研)、平井優美(理研)、大矢武志(神奈川県)、勝間田やよい(神奈川県)、大谷友洋(神奈川県)、松浦昌平(広島県)、星野滋(広島県)、髙田裕司(長崎県)、永石久美子(長崎県)、瓦朋子(ベルグアース(株))、通山香菜(ベルグアース(株))、梅村賢司(イノチオホールディングス(株))、加藤泰弘(イノチオホールディングス(株))、腰山雅巳(日本ゼオン(株))、三冨正明(Meiji Seika ファルマ(株)1)、松村誠(Meiji Seika ファルマ(株)1)、畠山聡(Meiji Seika ファルマ(株)1)、武内晴香(Meiji Seika ファルマ(株)1) 1 現三井化学クロップ&ライフソルーション(株)
  • 発表論文等 :
    • Matsuura S. et al. (2023) Phytoparasitica. 51:829-839 doi.org/10.1007/s12600-023-01083-w
    • Matsuura S. et al. (2022) International J. Pest Manag. 68:199-203
    • 櫻井ら(2022)植物の生長調節、57(1):67-73
    • 安部ら「アザミウマ防除剤およびその利用」特許第6928353号(2017年9月21日)