要約
質量分析法の一つであるMALDI-TOF MS法を用いたウイルスの検出・識別法である。これまで同法ではウイルスのタンパク質の分析は困難とされてきたが、ギ酸存在下で加熱処理することにより分析可能とし、ポリエチレングリコールで簡易精製したウイルスにも適用できる。
- キーワード : ウイルス、MALDI-TOF MS、ギ酸、加熱、ポリエチレングリコール(PEG)、簡易検出・識別
- 担当 : 植物防疫研究部門・作物病害虫研究領域・生物的病害虫防除グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI-TOF MS)を用いたタンパク質の分析により、細菌や糸状菌を検出・識別する技術はすでに開発されており、臨床医療現場では細菌病の識別法として実用化されている。一方、ウイルス粒子を構成する外被タンパク質については同様の手法では特異的なスペクトルが得られず、検出・識別はできなかった。そこで本研究では、動物ウイルスおよび植物ウイルスに対してギ酸と加熱処理を用いて特異的な部位で切断することにより、ウイルスの外被タンパク質を適当な大きさのペプチドに分解することで、MALDI-TOF MSによる分析を可能とすることを試みる。さらに、超遠心分離等により高度に精製したウイルス粒子サンプルに加えて、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿により簡易に精製したウイルスに対する適用可能性を検討する。
成果の内容・特徴
- ウイルス粒子の構成成分である外被タンパク質に対して、質量分析法の1種であるMALDI-TOF MSを用いた分析を可能とする手法であり、基本的な手順を図1に示す。
- ウイルス粒子サンプルをそのままMALDI-TOF MSに供しても特異的なスペクトルは得られないが(図2a)ギ酸存在下で、ヒートブロックや電子レンジなどを用いて加熱処理することで、外被タンパク質がアスパラギン酸残基の前後で特異的に加水分解されることにより、ペプチドが生成され、それらの特異的なスペクトルが安定して得られる(図2b)。本手法は昆虫ウイルスや植物ウイルスにも適用できる(図2c、d、図3)。
- PEG沈殿で簡易精製したウイルスサンプルでは加熱処理をしないとPEG由来のスペクトルが優占し、ウイルス由来のピークは確認できないが(図3c)、ギ酸を加えて熱処理することにより、PEG由来のピークが消失し、ウイルス由来のピークが得られる(図3d)。
- 同種ウイルスで1アミノ酸置換変異の差しかない分離株の違いも検出できる。トウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)において、分離株PMMoV-Jと、抵抗性遺伝子L4打破株であるPMMoV-L4BVの、打破能に寄与する外被タンパク質の1アミノ酸置換変異(Gly86→Lys)の違いを、ピークのシフトにより識別できる(図4)。
成果の活用面・留意点
- 植物、動物、昆虫ウイルスの検出および種や分離株間の識別が可能であることから、これらウイルスの検出・診断や変異解析に応用できる可能性があり、これまでにない新たな検出・識別法の一つとなりうる。そして、植物、動物、昆虫のウイルスについて、本手法によるスペクトルのライブラリーを構築することにより、PCR法によるプライマーやELISA法による抗体など特異的な反応を用いることなく、広い範囲の候補ウイルスの検出や識別、変異の解析が可能となる。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金
- 研究期間 : 2019~2024年度
- 研究担当者 : 村上理都子、久保田健嗣、梶原英之、渡辺聡子
- 発表論文等 :
- 村上ら「ウイルスを検出及び/又は同定する方法及びシステム」特許第7548632号(2024年9月2日)
- Kubota K. et al. (2026) JGPP. 92:23-31