複数個体からのDNA抽出に基づく殺ダニ剤抵抗性の進化速度の効率的な推定法

要約

抵抗性・感受性個体由来の各塩基量を定量PCRで測定する技術を用い、複数害虫個体のDNAを一括抽出したサンプルから集団のアリル頻度を効率的に推定する、圃場試験および統計解析の手続きを示す。薬剤散布に伴う抵抗性進化速度を推定し、剤の使用可否を抵抗性発達状況に即して判断できる。

  • キーワード : 殺虫剤抵抗性、遺伝子診断、ΔΔCt法、進化モデル、最尤推定
  • 担当 : 植物防疫研究部門・果樹茶病害虫防除研究領域・果樹茶生物的防除グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

ある害虫で殺虫剤・殺ダニ剤に対する抵抗性が発達中であるとき、各産地・作期における当該薬剤の使用可否を判断するには 1) 害虫集団の現時点での抵抗性アリル(対立遺伝子)の頻度、そして 2) 1回の薬剤使用によるアリル頻度の上昇量、すなわち進化速度を把握することが望ましい。進化速度を圃場での薬剤散布試験で調べるには従来、散布前後に採集した害虫個体を室内で増殖して薬剤感受性試験を行うか、複数個体を個別にDNA抽出して、個体別PCRもしくはDNAシーケンスで抵抗性の有無を調べ、二項検定等の統計手法でアリル頻度を推定する必要があった。しかし抵抗性の発達途上にある集団のアリル頻度は数パーセントを下回り、しばしば必要個体数が数百に達するため、検査労力の低減が求められている。
本研究では複数個体から一括抽出したDNAを用いて、抵抗性・感受性の各塩基濃度を同時測定できる定量PCR分析法であるRED-ΔΔCt法 (Osakabe et al. 2017 Pesticide Biochemistry and Physiology 139、1-8) に着目し、1回の薬剤散布に伴う抵抗性進化速度を効率的に推定する統計解析の手続きを、簡便な進化モデルに即して提案、実証する。

成果の内容・特徴

  • 本研究で開発された統計解析パッケージ"freqpcr"では、複数個体から一括抽出したDNAサンプルに対し、RED-ΔΔCt法の測定値 (定量PCRのCt値) から、ある時点での害虫集団における抵抗性アリル頻度の推定値が得られる。RED-ΔΔCt法とfreqpcrを用いるとき、圃場の複数地点についてn個体ずつ採集し、地点ごとに一括でDNA抽出すればよく、抽出に係る労力を1/nに減らせる。
  • 抵抗性の進化速度は1世代 (あるいは1回の薬剤散布) あたりの、抵抗性アリル頻度の増加率として定義され、このときアリル頻度はS字カーブを描いて増加するが (図1) 、アリル頻度をロジット変換すると直線となり統計解析が容易になる。圃場内の害虫集団についてある世代の薬剤散布直前、およびその次世代についてfreqpcrを用いて抵抗性アリル頻度を推定することにより、進化速度を推定できる。
  • 静岡県および奈良県の土耕栽培イチゴ圃場で、エトキサゾールまたは気門封鎖剤の散布前後における、ナミハダニのエトキサゾール抵抗性アリル (キチン合成酵素遺伝子CHS1のアミノ酸置換I1017F) の頻度変化を測定する実証試験を行っている。1回のエトキサゾール散布により、抵抗性アリル頻度は数%台から最大80%超にまで上昇しうる (図2) 。気門封鎖剤では一貫した結果は示されていないが、初期導入個体数の少なさ等が原因と考えられる。
  • なお本試験では調査ごとに各区から50個体を採集し、10個体ずつまとめて分析することで、DNA抽出作業を1/10の回数に削減している。

成果の活用面・留意点

  • 本成果を用いて圃場における薬剤散布1回あたりの抵抗性発達の度合いを定量できるため、抵抗性管理戦略の開発において実証試験の成績評価に活用できる。FreqpcrパッケージはCRAN(R公式のパッケージ配布サイト)に収載されており、Rプログラム内のメニューから導入可能である。
  • 本手法の適用には、抵抗性に関与する単一の遺伝子について診断用の遺伝子マーカーが必要である。さらにRED-ΔΔCt法では抵抗性および感受性のアリルについて特異的に塩基濃度を測定するために、いずれかのアリルを特異的に切断して増幅させないようにする制限酵素を用いたDNAの前処理、あるいは抵抗性アリルだけを増幅するプライマーセットを要する。
  • Freqpcrによるアリル頻度推定は、対象の害虫が当該の圃場もしくは地域集団から均等に採集され、サンプリングが調査対象の一部に偏っていないことを前提とする。また対象のアリルが低頻度と予想されるとき、採集個体数を増やす必要がある。

具体的データ

図1 抵抗性進化におけるアリル頻度変化のモデル,図2 土耕イチゴハウスで気門封鎖剤ないしエトキサゾールを1回散布した前後の、各畝のナミハダ

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(技術でつなぐバリューチェーン構築のための研究開発のうち「強み」を生み出すための品種等の開発 : ゲノム情報等を活用した薬剤抵抗性管理技術の開発)
  • 研究期間 : 2015~2025年度
  • 研究担当者 : 須藤正彬、中野亮平(静岡県農林技研)、土井誠(静岡県農林技研)、今村剛士(奈良県農研セ)、國本佳範(奈良県農研セ)、井村岳男(奈良県農研セ)、刑部正博(京都大)
  • 発表論文等 :
    • Sudo M and Osakabe M (2021) Mol. Ecol. Resour. 22:1380-1393
    • 須藤ら(2025)応動昆誌69:141-150