要約
ツマジロクサヨトウやフタテンチビヨコバイのような熱帯・亜熱帯地域を起源とする南方性害虫が一定の低温下で全滅するのに要する期間は温度に比例する。この特徴を利用することで、国内に未侵入あるいは侵入初期の南方性害虫の国内での越冬リスクを推定できる。
- キーワード : 侵入害虫、気候変動、温暖化シナリオ、種分布モデル、低温耐性
- 担当 : 植物防疫研究部門・作物病害虫防除研究領域・病害虫防除支援技術グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
気候変動により、本来は熱帯・亜熱帯地域に生息する害虫(南方性害虫)の国内への侵入や国内での分布地域の拡大が問題化している。南方性害虫が定着できる地域を事前に把握することは、これら害虫の国内への定着や農作物への被害を予防するために有効であるが、害虫の越冬地域を予測する従来の種分布モデルでは、モデルの構築に対象害虫の実際の分布データが必要となる。
一般に、低温による害虫の死亡要因は凍結によって生じる凍結障害と、凍結までは至らない程度の低温に長期間晒されることによって生じる冷温障害に大別される。低温への耐性が低い南方性害虫が温帯で越冬するためには、冷温障害への耐性がより重要である。そこで本研究では、室内の一定温度下で得られる生存率データから冷温障害の蓄積度を計算するモデルを作成し、国内に侵入・定着する前の南方性害虫であっても越冬リスクを推定できる手法を開発する。
成果の内容・特徴
- 南方性害虫に冷温障害を生じさせる温度帯(概ね-5°C~10°C)において、個体群の全滅までに要する期間の近似値である99.9%致死期間(LT99.9)は、温度を説明変数とする一次関数で表せる(図1)。
- 越冬期間中の毎日の日平均気温を上記一次関数に代入して得られるLT99.9の逆数を日々積算することで、越冬期間中の冷温障害の蓄積度を求められる。日平均気温の代わりに時別値の気温を用いる場合は、積算値を24で除した値が蓄積度となる。冷温障害の蓄積度が1に達した時点で越冬個体群が全滅したとみなせる。越冬期間中に蓄積度が1に達しなかった場合は、越冬可能であると判定できる。
- 越冬期間中の一時的な高温による冷温障害からの回復を考慮することで、予測の精度は向上する。ツマジロクサヨトウ成虫の場合、基準とする単一の低温条件のもとで24時間のうち2時間ほど、基準温度よりも高温となる変温条件を設定し、それら条件下でのLT99.9を算出する。基準とする低温条件下でのLT99.9の値を各変温条件下でのLT99.9で除した数を、各変温条件に応じた緩和係数とする(表1)。上記2.の手法で求める日々の冷温障害値に対して、その日の最高気温に応じた緩和係数を乗じたものをその日に蓄積される障害の補正値とする。
- ツマジロクサヨトウ成虫を用いた半野外での検証では、冬期の日々の気温から障害の値を積算することで、越冬成虫が全滅する月日を平均誤差4.18日で推定できる(表2)。以上から、冷温障害の蓄積度を計算するモデルにより、冬期の気温から南方性害虫の越冬の可否を推定できる。
- このモデルを用いることで、メッシュ農業気象データから南方性害虫の越冬リスクを視覚化し、国内各地に侵入した場合に定着しうる地域を推定できる(図2)。
成果の活用面・留意点
- 今後、国内への侵入や国内での分布の拡大のおそれがある南方性害虫について、対象害虫が越冬する可能性のある地域を推定することで、高リスク地域における侵入警戒の強化や既発生地域からの寄主植物や農機具の持ち込みの制限など、その侵入や定着を予防するための対策に活用される。
- 冷温障害を生じさせる温度帯は害虫種ごとに異なるため、新たな南方性害虫を対象としてLT99.9を計算するための一次関数を推定する際には、温度要因を3水準以上に設定した温度条件下で得られた生存率データを用いたうえで、最も当てはまりがよい一次関数を選択する。
- すでに温帯やより冷涼な地域に適応している害虫は冷温障害が冬期の主な死亡要因ではないため、それら害虫の越冬リスクの推定に対しては開発したモデルは利用できない。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 農林水産省(イノベーション創出強化研究推進事業)
- 研究期間 : 2021~2023年度
- 研究担当者 : 松倉啓一郎、水谷信夫、田中彩友美、田中良明
- 発表論文等 :