軽量の炭素繊維を用いた水路トンネルの覆工コンクリートの補強工法

要約

軽量かつ高強度の炭素繊維ストランドシートを、耐摩耗性が高い樹脂モルタルで被覆・接着する水路トンネル覆工コンクリートの補強工法である。施工に大型重機を必要とせず、通水断面を確保しつつ粗度を向上させることで、機能を損なうことなく補強が可能となる。

  • キーワード:水路トンネル、覆工、補強、炭素繊維ストランドシート、樹脂モルタル
  • 担当:農工研・施設工学研究領域・施設保全グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

農業に欠かせない水を送水する水路トンネルは、全国に約2,000km以上存在する重要施設であるが、多くの水路トンネルで覆工コンクリートのひび割れなどの劣化が発生している。本研究では、このようなひび割れが発生した水路トンネル覆工コンクリートを対象として、主要な道路からのアクセスが困難な山間部に建設され、大型重機による施工が困難な水路トンネルを対象とした補強工法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 補強工法を構成する材料は、プライマー、炭素繊維ストランドシート、樹脂モルタルである。炭素繊維ストランドシートを7mm厚の樹脂モルタルで挟み込む形で覆工コンクリートに付着させることが特徴である(図1)。
  • 炭素繊維ストランドシートの物性は、設計厚さ0.333mm、引張強度3,400N/mm2、弾性係数245,000N/mm2である。炭素繊維の密度は、約1.6g/cm3であり、鉄の1/5と軽量である。そのため、大型重機が利用できない小口径の水路トンネル内への搬入も人力で行える。
  • 炭素繊維ストランドシートを接着させる樹脂モルタルには、セラミックが混合されている。農業水利施設の補修・補強工事に関するマニュアル【開水路補修編】(案)の品質規格試験「水砂噴流摩耗試験」による評価では、比較対象となる標準モルタル(水セメント比50%、砂セメント比3:1)に対して14倍の耐摩耗性を有することを確認している。また、延長50mの傾斜水路を用いて計測した樹脂モルタルの粗度係数は0.0104であり、通水性能を阻害することなく覆工コンクリートを補強できる。
  • 施工手順は、図2のとおりである。まず、下準備として水路トンネル覆工に付着している汚れを洗浄(①)し、水路トンネル内面に入ってくる地下水の止水・導水処理(②)を行う。次に、炭素繊維ストランドシートの浮き等の変状発生の要因となる覆工コンクリートからの滲み出し水を安全に水路トンネル内に排除するため、通水アンカーを50cm間隔で設置する。通水アンカーは施工厚さの管理の目安としても利用できるよう、コンクリート表面から7~8mmの高さまで打ち込む(③)。次に、既設覆工コンクリートにプライマーを塗布(④)し、1層目の樹脂モルタルを左官ゴテで施工(⑤)する。1層目の樹脂モルタルを塗布後、繊維が円周方向になるように炭素繊維ストランドシートを人力で敷設し(⑥)、再び樹脂モルタル2層目を左官ゴテで塗布(⑦)する。このように、炭素繊維ストランドシートは、樹脂モルタル間に挟まれるような形態で存在する。
  • ①無補強供試体、②補強供試体、③無補強供試体で一度載荷してひび割れを発生させた後、本工法で補強を行った供試体、の3種類の実規模模型(直径1,800mm、奥行き300mm)に対し、油圧ジャッキで4方向から載荷したときの試験状況、ひび割れ発生荷重、最大荷重、側面及び頂部の変形量を比較した結果、本補強工法により、破壊荷重が2.2~2.9倍に増大、変形追従性能が2~4倍に向上することを確認している(図3)。したがって、既にひび割れが発生している水路トンネル覆工に対しても補強効果を発揮する。
  • 東北地方の水路トンネルにおける実証試験では、施工から3年を経過した時点で、①樹脂モルタルおよび覆工コンクリートに累積するひずみが見られない、②通水アンカーが正常に機能し、樹脂モルタルの浮きやはく離が発生していない、③樹脂モルタルと既設コンクリート躯体との付着力の低下はみられない、ということを確認している。

普及のための参考情報

  • 普及対象:水路トンネルの設計を担うコンサルタントおよび実施工を担当する施工業者。
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:全国約2,000kmの水路トンネルのうち、側壁アーチ部に段差のない縦断ひび割れが発生している区間に活用できる。
  • その他:本工法による施工に先立ち、覆工背面の空洞の充填や、ひび割れ箇所のひび割れ注入など、変状の進行性を防ぐ補修を行うことが前提である。他の水路トンネル補強工法と比較すると人肩で搬入可能な軽量の資材で対応できることが特長である。なお、本成果は、農林水産省が監修する「農業水利施設の補修補強マニュアル【水路トンネル編】」の「接着工法」に位置づけられる。

具体的データ

図1 水路トンネル補強工法の材料構成,図2 施工手順,図3 実物大模型による補強、無補強供試体の比較

その他

  • 予算区分:交付金、農林水産省(官民連携新技術研究開発事業、無筋コンクリート水路トンネル覆工に最適化した補強工法の開発)
  • 研究期間:2014~2021年度
  • 研究担当者:森充広、川上昭彦、中嶋勇、川邉翔平、小森篤也(日鉄ケミカル&マテリアル(株))、小林朗(日鉄ケミカル&マテリアル(株))、鈴木宣暁(日鉄ケミカル&マテリアル(株))、櫻井俊太(日鉄ケミカル&マテリアル(株))、石井将幸((国大)島根大学)、上野和広((国大)島根大学)、堀越直樹(オリエンタル白石(株))、西須稔(オリエンタル白石(株))、高橋謙一(オリエンタル白石(株))
  • 発表論文等:
    • 櫻井ら(2021)セメント・コンクリート論文集75:372-339
    • 堀越ら(2021)複合・合成構造の活用に関するシンポジウム14:26-1-26-8
    • 日鉄ケミカル&マテリアル(株)ら(2020)「インフラメンテナンス大賞技術開発部門(農業農村)優秀賞」
      https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/03activity/03_award.html