浸水深調査に基づく平野部ため池の決壊時の氾濫解析手法の改善

要約

平野部ため池決壊時の氾濫解析では、基盤地図情報 数値標高モデル5mメッシュによる地形表現に加え、流れを遮る構造物や降雨の影響を反映する改善策により、浸水痕跡調査結果からみて妥当な最大浸水深が得られる。粗度係数や流入ハイドログラフ算出時の貯水量は実用上影響が小さい。

  • キーワード:ため池、決壊、ハザードマップ、浸水想定区域、氾濫解析
  • 担当:農村工学研究部門・農地基盤情報研究領域・地域防災グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

ため池ハザードマップにおける決壊時の浸水想定区域の算定においては、農村部の土地利用と集落の特徴を踏まえた粗度係数や、洪水浸水想定区域の算定では扱わない、決壊点から流出する氾濫流量等の解析条件の設定に関するマニュアル整備が求められている。しかし、ため池の決壊氾濫に関する既往の研究では、マニュアルの技術的な根拠となる実際の氾濫流況に基づく解析結果の検証、特に実際の浸水深と計算値との比較検証は行われていない。そこで、福岡県内の平野部に位置する平成30年7月豪雨時の決壊ため池(中島池;図1)において、被災直後の浸水痕跡調査に基づき、従来からため池の浸水想定で用いられている氾濫解析手法を検証するとともに、実状に即した最大浸水深を得るための留意点と改善策を提示する。

成果の内容・特徴

  • 検討ため池(中島池)では、氾濫流が決壊点から比較的平坦な浸水域を拡散して流下する(図1)。今回得られた結果は、浸水想定区域において同様な流下形態をとる平野部のため池に適用できる。
  • 従来手法では、地形データとして国土地理院の基盤地図情報数値標高モデル5mメッシュ(5mDEM)を用いる。改善策においては、これに加え5mDEMではフィルタリング処理で除去される建物や狭幅のため表現されない線状構造物のうち氾濫流を遮る地物も壁体として解析モデルに組み込み、さらに、解析メッシュ毎に雨量相当の水深を与えて降雨を反映する。
  • 上記2.の改善策を導入した氾濫解析により、浸水痕跡から把握した最大浸水深からみて実状に即した解析結果が得られる(図2)。
  • 粗度係数の設定に関しては、従来手法に従って浸水想定区域を代表する土地利用に対応した一律値を設定した氾濫解析により、実用上妥当な最大浸水深が得られる。詳細に地目別の値を設定した場合との差異は小さい(図3)。
  • 決壊点における氾濫流量の設定に関しては、従来手法に従ってCostaの式で算出されるピーク流量を解析初期に与える流入ハイドログラフの設定により、実用上妥当な最大浸水深が得られる。データベース等に記載されたため池の総貯水量は概算値である場合も少なくないと考えられるが、総貯水量の0.75~1.25倍程度の相違は、解析結果の最大浸水深には大きく影響しない(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 洪水浸水想定区域作成マニュアル(第4版)に従って既往最大規模の降雨を与えて解析した場合には、ため池の決壊による浸水域が内水氾濫等による他の浸水域に埋没する場合が想定される。このような場合には、ため池の決壊に伴う浸水域と他の浸水域を個別に求めた上で、重ね合わせ表示する対応が必要である。
  • 検討ため池と地形条件が異なるため池、すなわち中山間等に立地するため池では、決壊時の氾濫流が狭窄部で集中するなど流下形態の異なる場合が考えられ、本成果は単純に適用できない。
  • 改善策を含む氾濫解析は、農研機構監修のもと開発された「ため池氾濫解析ソフトSIPOND (Professional版)」で行うことができる。

具体的データ

図1 痕跡地点の位置,図2 構造物・降雨の反映による改善効果,図3 粗度係数設定の違いによる解析結果の差異,図4 流入ハイドログラフ設定の違いによる解析結果の差異

その他

  • 予算区分:交付金、農林水産省(農林水産研究推進事業:ため池の適正な維持管理に向けた機能診断及び補修・補強評価技術の開発)
  • 研究期間:2017~2021年度
  • 研究担当者:小嶋創、吉迫宏、竹村武士、正田大輔、安芸浩資(ニタコンサルタント)、三好学(ニタコンサルタント)
  • 発表論文等:小嶋ら(2021)農業農村工学会論文集、313:I_259-I_270