農業用ダムの洪水調節機能強化に向けた堆砂量予測式の新たな係数

要約

ダム貯水池の既存の堆砂量予測式を更新するため、堆砂量実測値などの入手可能なデータを元に新たに算定した係数である。全国の主要な地体構造である空知-エゾ帯および阿武隈帯に属する農業用ダムに対し、従来よりも精度の良い堆砂量予測式を提供できる。

  • キーワード:農業用ダム、洪水調節機能強化、堆砂量予測式、統計的解析、精度検証
  • 担当:農村工学研究部門・水利工学研究領域・水利制御グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

近年豪雨が激甚化・頻発化する中、ダムの洪水調節機能を強化する必要性が高まっている。その一環として農業用ダムの貯水量の余剰分を洪水調節に利用する取組が進んでいるが、利水のための貯水量を計画的に確保するためには、堆砂が計画堆砂量を上回らないかを予測することが重要となる。堆砂量の予測手法の一つとして、堆砂に影響を及ぼす因子(以下、「堆砂影響因子」とする)と堆砂量の実測値を関連付けて統計的に解析する手法があり、多くの予測式が提案されているが、その多くが昭和30年~40年代のデータをもとに立てられていることもあり、十分な精度を有していない。そこで、直近10年間の農業用ダムの堆砂量実測値とGISやオープンデータによって整備した堆砂影響因子を用いて、堆砂量予測式の係数を新たに算定し、精度を検証する。

成果の内容・特徴

  • 既存の堆砂量予測式の中からIおよびII式を選定し、全国の国営造成農業用ダム92基を対象として係数を新たに算定する(表1)。IおよびII式の選定理由は、堆砂影響因子に降水量が含まれるためであり、堆砂量の増加に豪雨の影響が無視できないこと、気候変動の影響によって大きく変化する堆砂影響因子の評価が重要であることによる。IおよびII式はまた、堆砂影響因子に地質を含むため、対象ダムを流域の地体構造別に分類しておく(図1)。
  • 係数を算定するため、比堆砂量と堆砂影響因子を整備した上で(表2)、比堆砂量を目的変数、堆砂影響因子を説明変数として重回帰分析を行う。また、予測式の精度を示す自由度修正済み決定係数R2と説明変数の統計的有意差を示すp値を求め、R2≧0.7かつp≦0.05のとき予測精度が高いと判断する。
  • 係数算定後のI式は、阿武隈帯においてR2=0.72かつp=0.02となり、予測精度の高さが認められる。また、係数算定後に予測値と実測値の乖離が大幅に小さくなることが確認できる(図2a)。
  • 係数算定後のII式は、空知-エゾ帯においてR2=0.82かつp=0.01となり、予測精度の高さが認められる。また、係数算定前の式は予測値を過大に算出するが、係数算定後に修正されることが確認できる(図2b)。
  • IおよびII式の予測精度が高いのは、今回扱った堆砂影響因子のうち、比堆砂量との相関が比較的強い大雨降水量(相関係数0.35)、最大日降水量(相関係数0.48)を説明変数に含むためである。これらは降雨強度が大きいため、流域での土砂生産に直接関与して堆砂量の増加を表現すると考えられる。

成果の活用面・留意点

  • 本堆砂量予測式は、堆砂の空間分布までを予測することはできないが、堆砂をマクロに把握するには有用である。今後、堆砂量の実測値が蓄積されれば、阿武隈帯および空知-エゾ帯以外の地体構造に属するダムにおいても、一定の精度で堆砂量予測が可能になると考えられる。

具体的データ

表1 既存の堆砂量予測式の内容,図1 対象とした農業用ダム,表2 目的変数と説明変数の整備方法,図2 係数算定前後のIおよびII式による比堆砂量の予測値と実測値の比較

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2019~2021年度
  • 研究担当者:向井章恵、島崎昌彦、吉瀬弘人
  • 発表論文等:向井・島崎(2021)農業農村工学会誌、89:21-24