地下水位の潮汐応答分析による沿岸域の地下ダムの機能監視手法

要約

沿岸域の地下水資源を塩水化から守るための地下ダムの機能を、潮位の影響によって周期変動する地下水位観測データの分析によって監視する手法である。本手法は、地下ダムの機能と地下水資源の連続的な監視を可能にし、貴重な農業用水源である沿岸域地下水の保全に役立つ。

  • キーワード : 塩水浸入阻止型地下ダム、地下止水壁、機能監視、地下水位、潮汐応答
  • 担当 : 農村工学研究部門・水利工学研究領域・流域管理グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

南西諸島では透水性の地層が広く分布して水資源を地下水に頼る地域が多い。そのような地域の一部では地下の帯水層中に止水壁を作って地下水を貯留する地下ダムが主な農業用水源となっている。沿岸部の帯水層において帯水層中の海水が止水壁の内陸の貯留域に浸入するのを防ぐことにより地下水資源を守る地下ダムは、塩水浸入阻止型地下ダムと呼ばれる(図1左)。地震などで止水壁に亀裂ができることにより止水機能が損なわれると貯留域の地下水が塩水化する可能性があるが(図1右)、地下ダムの止水壁は地下にあるため直接観察して状態を知ることができず、その機能を常時連続的に監視できる手段は無かった。
本研究では、潮位変動の影響による地下水位の周期的振動(潮汐応答)が内陸方向に伝播する際に、伝播経路の物質の透水性が小さいほど振動が大きく減衰することを利用して、地下水位の時系列変動に含まれる潮汐応答の分析によって地下ダムの止水壁の機能を監視する手法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 本手法では、地下止水壁を挟む海側と内陸側の地下水観測孔に自記水位計を設置し、同時に観測して得られた、1時間以下の等時間間隔で記録された連続地下水位データを用いる(図2、図3)。
  • 海側と内陸側の地下水位データについて、フーリエ解析を応用して潮汐の影響による特定周期の正弦振動の振幅を算出する。フーリエ解析による振幅の算出は、農研機構の既往成果「沿岸域の地下水位時系列観測データの分析による帯水層の透水係数推定手法」(2016年度普及成果情報)の調和解析と同様にして行う。特定周期の潮汐振動の振幅を正確に算出するには、内陸側水位が止水壁天端より低く越流していない期間中の、特定の長さの時系列観測データを対象としてフーリエ解析を適用する。
  • 止水機能が正常に保たれた地下止水壁は透水性が極端に低いため、内陸側の地下水位の潮汐応答が海側に比べて大きく減衰する。このため、内陸側と海側の振幅の比(内陸側振幅÷海側振幅)は止水機能が保たれた状態に比べて大きければ(図4)、機能が損なわれている可能性があると判断できる。
  • 本手法を用いることで、これまで難しかった塩水浸入阻止型地下ダムの止水壁の機能の常時連続的な監視が可能となる。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 地下ダムの管理に関わる公共的性格を持つ団体、行政機関、民間事業者および研究者
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 海に接する帯水層に造られた農業用地下ダムおよび他の目的の地下止水壁。地下水位が潮位変動の伝播の影響を受ける地域であれば地下止水壁以外にも適用可能性があり、海岸堤防の基礎地盤の状態監視などへの利用も考えられる。
  • その他 : 実証事例は30分間隔で記録された29日間の地下水位データのフーリエ解析で12.4時間周期の主要潮汐振動の振幅を算出しているが、誤差を減らすためにより短い記録間隔やより長期の適する期間長のデータで解析してもよい。一般にフーリエ解析の前にはトレンド成分を除去することが推奨され、そのデータ処理のために25時間~10日程度の追加データ長が必要となる。

具体的データ

図1 塩水浸入阻止型地下ダムにおける地下水位の潮汐応答分析による機能監視の概念図,図2 現地実証調査における観測地点配置(各地点の海側と内陸側で観測),図3 地下止水壁を挟む海側と内陸側の地下水位観測データの例(図2、図4の地点B),図4 現地実証調査により得られた地下止水壁を挟む地下水位データの潮汐応答の振幅比(各地点において対象データ期間が異なる6解析の結果)

その他

  • 予算区分 : 農林水産省(イノベーション創出強化研究推進事業)
  • 研究期間 : 2020~2022年度
  • 研究担当者 : 白旗克志、福元雄也、吉本周平、土原健雄、中里裕臣
  • 発表論文等 :
    • Shirahata K. et al. (2022) JARQ 56:77-94
    • Shirahata K. et al. (2022) Groundwater 60:774-783