農業用ダムの事前放流による洪水調節効果の簡易推定手法

要約

農業用ダムの事前放流によるダム地点およびダム下流域での洪水調節効果を、ダム空き容量と流域の集水面積に基づく2指標(相当雨量、ダム集水面積比)によって簡易に推定する手法である。本手法は、流域治水の計画立案に向け、農業用ダムの洪水調節能力を迅速に把握するために役立つ。

  • キーワード : 農業用ダム、事前放流、流域治水、相当雨量、ダム集水面積比
  • 担当 : 農村工学研究部門・水利工学研究領域・流域管理グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

近年の激甚な水害の頻発化を受け、農業用ダムでも洪水調節に係る運用が開始された。しかし、農業用水の貯水を目的とする農業用ダムでは、洪水調節効果は設計上ほとんど検討されていない。また、下流域に対する洪水調節効果は、ダムの貯水容量や他の支流河川からの流入の影響によって異なる。その効果の推定には、流域個別の流出モデルによる詳細な計算が必要である。
農業用ダムを活用して流域の治水安全度を高めるためには、各ダムの洪水調節能力とその限界について、迅速に把握することが求められる。そこで本研究では、流出モデルで評価した農業用ダムの事前放流による洪水調節効果を、事前放流により確保した空き容量と流域の集水面積に基づく2つの指標によって類型化し、簡易に推定する手法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 農業用ダムの事前放流による洪水調節効果としての洪水ピーク流量の低減率(ピークカット率)を、事前放流により確保したダム空き容量と流域の集水面積に基づく2指標により推定する手法である。ダム放流量のピークカット率は、相当雨量(事前放流による確保容量をダム集水面積で除した値)により推定できる。ダム下流の河川流量のピークカット率は、ダム集水面積比(ダム集水面積と下流評価地点における集水面積の比)により推定できる(図1)。
  • ダム放流量のピークカット率(図2)は、相当雨量の増加とともにS字型の曲線状に増加する。総雨量が増加すると曲線は全体に低下し、豪雨時にはピークカット率が低下することを意味する。降雨波形によっては、ピークカット率は網掛けの範囲内でばらつく。相当雨量に基づき、想定される降雨量に応じて期待されるダム放流量ピークカット率を概算できる。
  • ダム下流の河川流量のピークカット率(図3)は、ダム集水面積比の減少とともに、ほぼ線形に減少する。ダム下流域に対する洪水調節効果は、ダム放流量ピークカット率にダム集水面積比を乗じることで概算できる。ただし、ダムの集水域よりもダム下流域の方が、降雨が強い傾向にある流域では、ピークカット率は、線形な関係よりも急速に低下する点に留意が必要である。
  • 事前放流による確保容量の相当雨量と、ダム下流域のダム集水面積比を算出すれば、流出モデルを用いた計算を行わなくとも、各ダムの洪水調節効果を簡易に推定できる。本手法は、流域治水の計画立案に向け、農業用ダムの洪水調節能力とその限界を迅速に把握するために活用できる。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 農業用ダムを所管する行政部局、農業用ダム管理者、および地元自治体。
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 全国の農業用ダム(419基)。
  • その他 : 本手法は、流出モデルによる計算結果を類型化したものである。計算には、3種の降雨波形を24時間降雨量150~400 mmの範囲で6段階変化させ、ダムからの放流は、ダム堤頂の越流部からの放流を仮定している。24時間よりも長時間の降雨では、ピークカット率が変化する可能性がある。洪水吐ゲートを有するダムでは、洪水吐ゲート操作の影響を加味する必要がある。

具体的データ

図1 事前放流による洪水調節効果の推定手法の概略,図2 事前放流によるダム放流量のピークカット率,図3 ダム下流の地点における河川流量のピークカット率

その他

  • 予算区分 : 交付金、民間資金等(資金提供型共同研究)
  • 研究期間 : 2020~2022年度
  • 研究担当者 : 相原星哉、吉田武郎、皆川裕樹、高田亜沙里、久保田富次郎
  • 発表論文等 :
    • 相原ら(2023a)農業農村工学会論文集、91:I_21-I_28
    • 相原ら(2023b)農業農村工学会論文集、91:I_29-I_37
    • 相原ら(2021)農業農村工学会誌、89(8):573-576