観測データの蓄積が少ない地区に利用可能なAI水位予測モデル

要約

学習データの数が少なくても機械学習の予測が可能なサポートベクター回帰(SVR)を実装した水位予測モデルである。農業水利施設の日常的なポンプ操作や灌漑期の堰上げに起因する水位変化を良好に予測でき、観測データの蓄積が少ない地区でも利用可能である。

  • キーワード : 水位予測、SVR、少ないデータ数、用排水管理、低平地
  • 担当 : 農村工学研究部門・水利工学研究領域・水利制御グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

近年、効率的な用排水管理をおこなうために、受益地区内の流量・水位の状況をリアルタイムで把握できるように情報通信技術(ICT)を導入し、水位等のデータの収集が進められている。他方、ICTで収集されたデータとAIとの組合せによって、リアルタイムで数時間先までの流量・水位予測が可能となり、数時間先までの状況を把握しながら、必要最小限の労力やコストでポンプ稼働や水門操作などの水利施設の運用が期待できる。しかし、農業水利施設に関わるICTで収集されるデータ数の蓄積は未だに少なく、また、予測技術として利用されるAIの一種の深層ニューラルネットワーク(DNN)では、大量のデータの利用が必要となるために、DNNによる水位予測技術の適用が困難な場合が多い。そこで、少ないデータ数でも良好な予測が可能な機械学習の一種であるサポートベクター回帰(SVR)を導入した水位予測モデルを開発する。

成果の内容・特徴

  • 用水路や排水路等で観測される水位データでは、一般に常時の用排水と洪水時の水位変化、また、灌漑期における水利用のための堰上げによる特徴的な水位変化等の現象が含まれる(図1)。これらの水位変化の特徴を効果的に学習し、予測を行う。
  • 一般に、DNNの予測には十万個オーダーのデータが必要であるが、多くの地区では数千個程度(数年分)のデータしか保管されていない場合が多いため、本研究では1000個オーダーのデータにも適用される回帰型予測モデルのSVRを用いる。SVRは、自動的に回帰曲線を推定するので、多変量の非線形事象のデータにも適用できる。学習時のモデルの内部パタメータを最適化する際に、予測値と観測値の誤差を不感度係数±εの範囲で許容することで、ノイズによる影響を少なくし、ロバストなモデルを構築できる(図2)。
  • 図1に示す3年間分の観測データ(雨量・水位)について、2年間分のデータをSVR水位予測モデルの学習に、1年間分のデータを予測に用いて、交差検証法で予測精度の評価を行う。なお、入力変数は雨量と水位、出力変数は水位である。SVRとDNNのリードタイム3時間までの予測結果と観測値を比較すれば、DNNでは水位が低い部分を過大評価、水位が高い部分を過小評価する傾向にあるが、SVRでは改善される(図3)。また、二乗平均平方根誤差を用いる予測精度の定量評価では、SVR の方がDNNに比べて、リードタイム1時間で約30 %、リードタイム3時間で約8 %の改善が可能である。

成果の活用面・留意点

  • 洪水イベントに対する予測では、学習データそのものがない場合があるので、仮想的なデータを作成して学習データを作成させるなど工夫が必要である。
  • 比較的大規模な用排水施設の受益地では、数時間あれば現場の状況を鑑み、受益地内の水門操作が可能と言われている。従って、数時間先までの水位情報が確認できれば、水利施設の効率的な運用が期待でき、労力やコストの削減が可能となる。
  • ICT等の観測システムの整備が不十分な地区では、最初に短期間の観測データを用いて、SVRによるリアルタイム水位予測システムを構築する。次に、観測システムを稼働させながらデータの収集を進め、データが十分に収集された段階で、DNNに入れ替えることで、シームレスな水位予測システムの構築が可能となる。

具体的データ

図1 利用したデータと特徴的な波形パターン,図2 SVRの特徴(誤差の許容,図3 SVRとDNNの水位予測結果(リードタイム1、3時間)と観測値の比較

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)、民間資金等(助成金)
  • 研究期間 : 2021~2022年度
  • 研究担当者 : 木村延明、皆川裕樹、福重雄大、馬場大地((株)アーク情報システム)
  • 発表論文等 : 木村ら(2022)土木学会論文集B1(水工学)、78(2):I_139-I_144