団粒構造が発達した土壌の水分特性曲線を適切にフィッティングするアルゴリズム

要約

土壌物理性の重要な物理定数である水分特性曲線について、曲線を表現する数式モデルにおける多数のパラメータを適切に求めるアルゴリズムである。黒ボク土等の団粒構造の発達した土壌に適合する、二峰性の形状を有する水分特性曲線を自動的に決定することができる。

  • キーワード : 非線形回帰、二峰性(Bimodal)曲線、間隙構造、保水性、土壌水分移動モデル
  • 担当 : 農村工学研究部門・農地基盤情報研究領域・農地整備グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

水分特性曲線とは、土壌水分量と、土壌水のエネルギーであるマトリックポテンシャル(圧力水頭やpF値として表現する場合が多い)の関係を表すものである(図1)。畑などの土壌中の水の移動を評価するための数値シミュレーションを実施する際には、水分特性曲線と飽和透水係数からモデル式により不飽和透水係数を求め、動水勾配(土壌水のエネルギー勾配)と透水係数の積で水の移動量(水フラックス)を計算するのが一般的である。また、水分特性曲線は、畑地灌漑計画において作物が使える水の量(有効水分量等)を知り必要な灌漑水量を求めるための、重要な土壌物理特性値でもある。
水分特性曲線はvan Genuchtenモデル 等(図1の用語説明参照)の非線形式で表すことができる。一方、日本の畑作土壌の半分以上を占めるとされている黒ボク土や、堆肥や緑肥を投入することで土づくりが進んだ土壌など、団粒構造がよく発達した土壌については、Durnerモデル(図1の用語説明参照)等、二峰性の曲線型を表す数式モデルが使用される場合が多い(図1)。非線形最小二乗法を用いて数式モデルのパラメータを決定することで水分特性曲線が得られるが、その際には適切な初期値を与える必要がある。適切な初期値の設定には試行錯誤が必要であり、水分特性曲線を表す数式モデルのパラメータを決定することが難しかった。この問題を解決するために、適切な初期値を自動的に与えるアルゴリズムを搭載したウェブアプリケーション「SWRC Fit」が開発され、多くの研究者や技術者から幅広く支持・利用されている。しかし、Durnerモデル等の二峰性の曲線型を表現できるモデルは単峰性のモデルと比較してパラメータが多いことから、日本国内の黒ボク土や生産性の高い圃場から採取した土壌については、SWRC Fitでも数式により描かれた曲線が実験データとうまくフィッティングせず、良好な水分特性曲線が得られない場合がある。この問題を解決するためには、専門家による試行錯誤が必要であり、自動化が難しいことや、恣意的な要素を含むことから客観性に欠けるなどの問題が残る。
そこで、本研究では二峰性の水分特性曲線を適切に表現できるモデルのパラメータを自動的に決定するアルゴリズムを開発する。

成果の内容・特徴

  • 本アルゴリズムは、水分特性曲線を求めるための実験データを高土壌水分領域と低土壌水分領域の2つに分け、それぞれについてvan Genuchtenモデルのパラメータを決定する(図2)。得られた値(図1の式のα、n等)をDurnerモデルのパラメータに割り当て、これを初期値として非線形回帰を実施することで、適切な水分特性曲線を得る。
  • 従来法では、Durnerモデルの低水分域と高水分域のフィッティングパラメータである図2のα1とα2を同一の値として初期値を与えており、不自然な回帰曲線が得られることがあった。このような場合でも、本アルゴリズムにより、適切な回帰曲線を試行錯誤することなく自動で決定することが可能となる(図3)。
  • 本アルゴリズムの採用により、広範囲な初期値の範囲を設定し総当たり的にモデルパラメータを決定した場合と同等の結果が得られる(図4)。本アルゴリズムは、総当たり的なパラメータ決定法よりも計算負荷が極めて少ないことから、SWRC Fitのようなウェブアプリケーションにおいて、スーパーコンピュータや高性能のワークステーションのサーバーを使用することなく計算結果を素早くユーザーに返すことが可能となる。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 土壌物理学や水文学、気象学等の研究者、コンサルタント会社やゼネコン等の技術者、普及指導機関。
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 利用回数300回/年
  • その他 : 本手法はSWRC Fitに実装されている。

具体的データ

図1 水分特性曲線の曲線形状とそれを表現するための数式モデル、土壌間隙構造の関係,図2 Durnerモデルの初期値の決定事例,図3 本アルゴリズムの採用による非線形回帰の改良事例,図4 本手法により決定された曲線の最小二乗誤差(RMSE)と広範囲な初期値を用いて最適化した曲線のRMSEの比較

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(イノベーション創出強化研究推進事業)、文部科学省(科研費)
  • 研究期間 : 2020~2023年度
  • 研究担当者 : 岩田幸良、関勝寿(東洋大)、柳井洋介、亀山幸司
  • 発表論文等 : 関ら(2023)土壌の物理性、155:35-44