事例解析に基づく地すべり土塊の地震時移動量の簡便な算定手法

要約

地すべりの安定解析において一般的に用いられる物性値のみを用いて、地震時における地すべり土塊の移動量を簡便に算定する手法である。地震動を受けた地すべり土塊の移動量を、数cmから数m以上まで幅広く効率的に算定でき、貯水池周辺の地すべりについて地震時の安定度評価に有効である。

  • キーワード : 耐震性能照査、簡便手法、地震加速度、力の釣り合い、地すべり移動量
  • 担当 : 農村工学研究部門・施設工学研究領域・施設整備グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

平成30年(2018年)北海道胆振東部地震、平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震、平成16年(2004年)新潟県中越地震等、多発する大規模地震によって農業用ダムやため池の周辺地山において地すべり被害が発生している。しかし、地すべり対策においては調査や解析に多くの予算を割けない状況であることから、既存資料を用いて概略の耐震診断ができる簡便な手法の開発が重要となっている。
そこで本研究は、地震時の地すべり挙動を現場等において迅速かつ簡便に評価する手法の開発を目的として、地すべりの安定解析で一般的に用いられている非円弧を対象とした簡便法をもとに、地震時の加速度に基づく地震力を考慮して地震時の滑動量を算定する手法を提案する。また、実際に地震時に観測された結果と比較を行い、その妥当性を明らかにする。本手法は、地すべり土塊の耐震性能照査を進め、地すべりによる農業水利施設などの被害を防止・軽減するために有用である。

成果の内容・特徴

  • 本手法において使用する情報は、(1)地すべり断面図、(2)地下水位(移動量を算定しようとする時点の値)、(3)内部摩擦角φ'(有効応力表示)、(4)粘着力c'(同)、(5)単位体積重量(湿潤単位体積重量γt、飽和単位体積重量γsat)、(6)移動量を算定しようとする地震の加速度の6項目である(図1)。本手法は、図1の平面図に示すような地すべりの移動の向きが途中で変化している場合でも、移動量の算定が可能である。
  • 本手法は、地すべりの安定をモーメントではなく力の釣り合いとして扱うことにより簡便な評価を可能としている。最終的な移動量は、滑動力と抵抗力の差分から地すべり土塊に働く加速度を算定し、その結果から速度、さらに単位時間当りの移動量を求め、単位時間当り移動量を合計して得られる(図3)。
  • 1.で示した入力値および解析断面形状などの情報は、一般的に行われている地すべりの安定解析において決定されるものであり、新たなパラメータを求める必要がないため、ダムなどの重要な保全対象が存在する地すべりについて、地震時に土塊の移動が発生する可能性をあらかじめ簡便に照査することが可能である。
  • 本手法により求めた移動量の算定値と実際に地震時に計測された22事例の値との比較を行ったところ、小移動から大移動までよく再現できており(図2)、本手法の有用性が確認できている。

成果の活用面・留意点

  • 本成果は、ダムやため池の貯水池周辺や堤体地山に存する地すべり土塊のレベル2地震動に対する耐震性能照査について、農林水産省、地方公共団体、民間設計コンサルタント会社等で活用が期待できる。
  • 本手法による算定値は、移動発生の有無と移動規模(移動が大きいか、小さいかの判定)を評価するのに利用できる。なお、大移動の発生が想定され、被害を精度よく予測する必要がある場合においては、FEM等の精度の高い手法による精査を導入することも検討すべきである点に留意する必要がある。

具体的データ

図1 本手法を用いた移動量算定に必要な情報,図2 本手法を用いた算定の再現精度,図3 移動量算定フロー

その他

  • 予算区分 : 交付金
  • 研究期間 : 2019~2022年度
  • 研究担当者 : 楠本岳志、中里裕臣、吉迫宏、井上敬資、正田大輔、酒井俊典(三重大)
  • 発表論文等 :
    • 楠本ら(2021)日本地すべり学会誌、58(1):16-27
    • 楠本ら(2022)日本地すべり学会誌、59(4):7-19