水利施設を考慮した気候変動の水需給バランスへの影響評価手法

要約

水利施設の運用を組み込んだ分布型水循環モデルにより、気候変動下の水資源、貯水池の貯留量、農業用水の需給バランスを評価する手法である。日本全域のマクロスケールでの影響評価に加え、農業の変化や施設運用を反映した地域スケールの適応策の検討に活用できる。

  • キーワード : 農業用水、気候変動、水利施設、需給バランス、適応策
  • 担当 : 農村工学研究部門・水利工学研究領域・流域管理グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

IPCCの第6次報告書では、地球規模の温暖化が極端な気象現象の強度や頻度に影響する可能性が高いことが明記された。国内では気候変動適応法が2018年に施行され、国・地方公共団体、あらゆる事業者が気候変動に適応策を講じる必要が謳われた。それを受けて、全国の自治体では地域気候変動適応センター等が立ち上げられ、適応策の検討が進められている。しかし、水資源への影響については、河川の主要地点での流量の変化予測にとどまっている。特に、最大の利水者である農業の水需給バランスについては、政策レベルに落とし込めるほどの具体性を持った適応策には至っていない。気候変動下で安定的に農業用水を確保しうる計画を検討するには、気候変動のマクロスケールでの影響評価と、水利施設(貯水池、取水堰等)を反映した地域的なスケールの両面からの評価が必要である。そこで、基幹的な水利施設の運用を反映して河川流量を算定するモデル(分布型水循環モデル)を全国に適用し、気候変動下での農業用水の利用計画の策定を支援するための手法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 本手法は、河川の自然的な流出過程(降雨、積雪・融雪、蒸発散)と人為的な水循環系を一体的に解析する分布型水循環モデルと(図1(a))、大気大循環モデルを利用した将来の気候変動シナリオから構成される。全国を1kmの空間解像度で表した分布型水循環モデルのグリッドにおいて、各取水施設の水需要量に対して期待される河川流量(取水可能量)を評価できる(図1(b))。
  • 分布型水循環モデルは、農業用水が大きな影響をもつ夏季の渇水(低水)時の河川流量を精度良く再現できる。モデル上の貯水池では、下流の河川流量の計算値が水需要を下回った際に、その不足分に応じて放流を行う。これにより、農業用水の需要に基づいた貯水池運用(貯水、放流)を表現できる(図2)。図2の例は、自然状態(貯水池なしの結果)では満足されない水需要が、上流の貯水池を組み込んだ計算(貯水池あり)により灌漑期の終盤を除き満たされることを示す。
  • 大気大循環モデルを利用した気候変動シナリオの設定により、現在期間に対する将来期間の取水可能量の変化を評価できる(図3)。図3で例示した取水施設では、現在期間(1980~2009年)では8月後半に取水量の不足が生じる。それに対し、将来期間(2040~2069年)では6月頃から取水量の不足が生じ、8月の不足状況もより厳しくなることが予想される。
  • 現在期間に対する将来期間の各月の取水可能量の変化率から、気候変動の影響を地域ごとに比較できる(図4)。図4に例示した北海道地方の例では、灌漑期前半(4~6月)の影響は小さく、灌漑期後半(7~8月)に取水量が不足傾向にあることが把握できる。

成果の活用面・留意点

  • 農研機構との共同研究により、全国スケールで整備した分布型水循環モデルの基礎データ(気象データ、農業水利施設、灌漑受益地等の諸元)を利用できる。これにより、特定の地域を対象にしたモデルの高度化や地域特性に応じた詳細な影響評価が可能である。これまでに、モデルに水利用・管理に関する地域固有の情報を付与することにより計算精度を高めた例や、水需要の変化をもたらす農業シナリオを加味した複合的なリスク評価等の例がある。

具体的データ

図1 (a)分布型水循環モデルの全体像;(b)取水堰での取水可能量の評価,図2 貯水池モデルの有無による取水可能量の比較,図3 現在期間(1980~2009年)に対する将来期間(2040~2069年)の取水可能量の評価,図4 現在期間(1980~2009年)に対する将来期間の取水可能量の変化率(北海道地方の全取水施設の統計的な評価)

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(気候変動予測先端研究プログラム)、環境省(環境研究総合推進費)
  • 研究期間 : 2020~2023年度
  • 研究担当者 : 吉田武郎、髙田亜沙里、相原星哉、皆川裕樹
  • 発表論文等 : 吉田ら(2024)応用水文、36:35-44