要約
AIによる洪水時の水位予測を行う際、過去のデータが少ない場合に予測精度を改善する手法である。適用事例では、他地点の観測データを利用して事前学習モデルを生成し、それを対象地点にて再学習すると、数時間先までの予測精度が8~50%改善される。
- キーワード : AI予測モデル、事前学習モデル、観測データ、洪水イベント
- 担当 : 農村工学研究部門・水利工学研究領域・水利制御グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
AIの一種である人工ニューラルネットワーク(ANN)による水位予測は、過去の観測データだけで予測することが可能であるため、近年河川や農業水利施設等の水位予測に利用されている。しかし、大量の観測データが必要であることに加え、過去の観測データに含まれない大規模な洪水イベントを対象とする場合、予測精度が低下する。その改善策として、これまでに物理モデルの解析結果を事前学習する手法を開発しているが、物理モデルを構築するための労力が必要である。そこで本研究では、物理モデルで生成される洪水イベントの仮想データで事前学習モデルを作成することなく、大規模な洪水イベントを高精度で予測する手法を開発する。
成果の内容・特徴
- 提案する手法は、水文環境が類似する地域を対象にする。まず、予測対象ではない複数の地点における洪水イベントの降雨と水位の観測データを全て用いて事前学習モデルを生成する。次に、予測対象とする地点における観測データを用いて事前学習モデルを再学習させ、局所最適モデルを生成する(図1)。
- 予測を行うANNは、時系列データの予測に有用な長・短期記憶(LSTM)モデルを用いる。LSTMモデルは、短期の情報の伝達に加え、記憶機能によって長期の情報を伝達することができ、時間ステップ毎に入力されるデータと混ぜ合わせることで、長期・短期いずれの傾向も考慮した予測が可能である(図2)。
- 適用事例として、水文環境が類似する九州地方の一級河川の24地点で最長1979年~2021年の間に観測された113回の洪水イベントを対象に、そのうち、17回の洪水イベントの観測データがある川内川栗野橋地点(Case1)と3回の洪水イベントの観測データしかない遠賀川伊田地点(Case2)を予測対象地点とする。はじめに、予測対象地点を除く残りの地点における洪水イベントの観測データを用いて事前学習モデルを生成する。次に、それぞれの予測対象地点における観測データ(観測期間の最大洪水データを除く)を用いて、事前学習モデルを50回まで再学習させ局所最適モデルを生成する。局所最適モデルを用いて、観測期間の最大洪水イベントを予測する。例えば、Case2では、伊田地点を除く110回の洪水イベントで事前学習モデルを生成し、それを伊田地点の最大洪水イベントを除く2つの洪水イベントで再学習を行い、最大洪水イベントを予測する。
- 観測期間の最大洪水時の水位を6時間先まで予測した結果を図3に示す。Case1では、再学習用のデータが十分にあるため、事前学習モデルを利用しない従来型モデルでも良好な予測結果が得られる。一方、Case2では、データ数の少なさを補うために、事前学習モデルの情報を転移させることで良好な予測結果が得られる。最大洪水イベントの期間について、観測値との誤差を示す二乗平均平方根誤差(RMSE)で予測精度を評価すると、1時間先の結果では、従来法で0.12mになっているのに対し、本手法では0.06mと半分にまで小さくなっており、予測精度が最大50%向上している。
成果の活用面・留意点
- 本手法は、農業水利施設の水位予測にも適用可能である。
- 洪水データ数が相対的に少ない対象地点では、本手法が有効である。
- 3時間を超えた予測結果では、タイムラグの発生などに伴う予測精度が低下する。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)、民間企業等(助成金)
- 研究期間 : 2022~2023年度
- 研究担当者 : 木村延明、皆川裕樹、福重雄大、馬場大地((株)アーク情報システム)
- 発表論文等 :
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木村ら(2023)河川技術論文集、29:79-84
- 木村ら(2024)土木学会論文集、80(16):23-16147