要約
熱交換器を水路内に設置し、ヒートポンプによって流水中から採熱すると、流水の流速が速く、水温が高いほど、暖房時のヒートポンプシステムの熱交換特性が高くなる。流速や水温を把握することで、安定的な採熱が可能で最適な規模の流水熱ヒートポンプシステムを設計できる。
- キーワード : 流水熱、水熱源ヒートポンプ、農業用水路、流速、水温
- 担当 : 農村工学研究部門・資源利用研究領域・地域資源利用・管理グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
開水路を流れている農業用水をはじめとして、井水、湧水、沢水、温泉水、排水などが有する、何もしなければ流れ去ってしまう熱エネルギーは、流水熱と呼ばれている。そのなかでも、農業用水を対象とした流水熱は効率的に利用できるといわれているものの、既往研究では、水深1.0m以上を確保できる比較的大規模な開水路を対象にした、ヒートポンプによる流水熱利用時の基礎的な熱交換特性に関する評価を行っている。
実際の農業用水路は水深1.0mよりも浅いものが多く、期別によって流水の流速や水温は大きく変化することが想定される。しかし、水深が1.0mより浅い開水路における水温や流速とヒートポンプシステムの熱交換特性との関係は明らかになっていない。この関係性が明らかにならなければ、水温や流速などの水理条件が常に変化する実際の現場におけるヒートポンプの性能や、設計時に必要なヒートポンプシステムの能力を正確に評価できず、流水熱を普及させる上で大きな問題である。
そこで、本研究では、シート状熱交換器とヒートポンプを用いて、水深が1.0mよりも浅い開水路の流水を熱源にした実規模の模型実験を実施する。熱交換器の熱通過率(熱の取り出しやすさ)、ヒートポンプの熱交換量(採熱量)およびヒートポンプシステム全体のエネルギー消費効率(SCOP)を熱交換特性として評価する。ヒートポンプの能力は水温や流速によってどのように変化するのか、設計時に必要なシステムの規模はどの程度なのかを評価するために、暖房時の熱交換特性を明らかにする。それにより、実際の現場に導入した際に生じうる流水熱ヒートポンプシステムの性能やその変化を示すことができ、安定的に採熱できる最適規模のヒートポンプシステムを設計できる。
成果の内容・特徴
- 水温が高く、流速が速いほど熱通過率は高くなり、水温が高いほど熱交換量とSCOPは高くなることから、水温や流速などの水理条件が常に変化する実際の現場では、熱交換特性は変化することが想定できる。熱交換特性の変化によりヒートポンプの能力も期別で変化することが想定されるため、現場の水温や流速はヒートポンプシステム設計時に必要、かつ、重要な要素である。
- 熱通過率とは、単位面積あたりの熱交換器の性能を表す指標で熱の取り出しやすさである。ヒートポンプシステム(図1)の暖房稼働時において、熱交換器の熱通過率は、水温が高いほど高くなり、流速が速いほど高くなる傾向があり(図2)、流水中から熱は取り出しやすくなる。また、流速の変化量当たりの熱通過率の増加量は、流速が0.10ms-1から0.30ms-1に変化した場合で特に大きく、約30~50%増加している。熱通過率が大きい値であれば、採熱に必要な熱交換器の面積が小さくなる。
- 熱交換量とは、ヒートポンプによって熱交換器を介して熱源から取り出した熱量である。暖房稼働時のヒートポンプシステムの熱交換量(採熱量)は、熱源とした流水の水温が上昇するとともに高くなるものの、流速による影響は小さい(図3)。現場で流水熱ヒートポンプシステムの熱交換量を評価する場合、特に水温に注目する必要があるといえる。水温が低くなると、熱交換量が小さくなり、ヒートポンプで発揮できる能力が低くなる。
- SCOPはヒートポンプシステム全体のエネルギー消費効率、すなわち、ヒートポンプと循環ポンプを合わせた消費電力1kWから取り出した熱量の割合を表し、エアコン等の性能評価で用いられる指標の一つである。SCOPが高いほど小さいエネルギーで熱を取り出せており、省エネルギーであることを意味する。SCOPは流速によってほとんど変化しないものの、水温が高くなるとともにSCOPは高くなる(図4)。暖房が必要な時季の流水の水温(熱源温度)は低いため、SCOPも低くなり、1kW当たりの消費電力で採熱可能な熱量は小さくなる。すなわち、熱源温度が低いほど、流水から取り出すために必要なエネルギーは大きくなるものの、安定的な採熱は可能である。
成果の活用面・留意点
- 農業用水路における流水の流速は、かんがい期や非かんがい期など期別で変化する。さらに、農業用水路の流水中では、地中や地下水中などの他の熱源に比べ、流水の水温が安定せず、時期毎に熱交換特性が変化する可能性が高い。流水熱を利用したヒートポンプシステムを設計する際、設置箇所の流速や水温を分析することで、現場におけるヒートポンプシステムの能力を把握でき、熱通過率、熱交換量、SCOPを通して最適かつ安定的な採熱に必要な構成で設計できる。
- 熱通過率が大きい値を示すほど、採熱に必要な熱交換器の面積を小さくできることから、導入に必要な熱交換器の数を少なくできる。したがって、熱通過率を基準にヒートポンプシステムにおける熱交換器の必要な数を決定できる。
- 熱交換特性は熱源温度だけでなく、ヒートポンプの負荷(設定温度)、熱交換器の種類などによって異なる。本研究の結果は、農業水路内に設置することを想定した硬質ポリエチレン性の熱交換器と組み合わせたヒートポンプを最大負荷で暖房運転させ得られたものである。そのため、金属製の熱交換器など、材質や形状の異なる熱交換器を使用する場合や、ヒートポンプを小さい負荷に設定する場合は、本結果の熱交換特性とは値が異なることに留意する必要がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金
- 研究期間 : 2019~2023年度
- 研究担当者 : 三木昂史、石井雅久
- 発表論文等 : 三木ら(2024)農業農村工学会論文集、92:I_75-I_85