要約
保温性能の高い農業用被覆資材を開発するため、熱貫流係数の低いフィルム材料を選抜する必要がある。本手法を用いれば、一資材当たり数分で測定できる長波放射吸収率から熱貫流係数を推定でき、短期間に大量のフィルム材料の選抜が可能となることから、資材開発の加速化に貢献できる。
- キーワード : 温室、暖房負荷、省エネルギー、長波放射、保温
- 担当 : 農村工学研究部門・資源利用研究領域・地域資源利用・管理グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
施設園芸分野で使用されるエネルギーの大部分は冬季の暖房であり、冬季の暖房エネルギー消費量を減らすためには、保温性能の高い被覆資材の開発が有効である。被覆資材開発を行う際には、大量のフィルム材料の中から、保温性能の指標である熱貫流係数の低い材料を選抜する必要がある。したがって、短期間に大量のフィルム材料の中から熱貫流係数の低い材料を選抜する技術開発が求められている。現在、多くの資材メーカーでは、被覆資材の熱貫流係数を測定する際に、冬季夜間に対象の被覆資材を展張した温室で、暖房を行った際の燃料消費量から熱貫流係数を算出している。上述した手法は、一資材の測定に大掛かりな設備と長い時間が必要なことや、日々変化する気象条件により、再現性の高いデータを得ることが難しいという問題を抱えている。また、熱貫流係数は、気象条件によって変化する天空からの下向き赤外放射量に影響を受ける値(晴れている冬季夜間は、下向き赤外放射量が小さく、放射冷却が促進され、被覆資材の熱貫流係数が低下する)であるが、専門書等には、詳細な記載がされていない。一方、これまでの研究で、資材の長波放射(3~60μmの赤外放射)吸収率が大きいほど熱貫流係数が小さくなることが知られている。
そこで、本研究では、図1(A)の冬季夜間の温室内外環境を再現する熱貫流係数測定装置を用いて、異なる下向き赤外放射条件下で、被覆資材の熱貫流係数を測定し、一資材当たり数分で測定できる長波放射吸収率と下向き赤外放射量が、熱貫流係数に与える影響を明らかにする。そして、資材の長波放射吸収率から、任意の下向き赤外放射条件下の熱貫流係数を推定する手法を開発する。
成果の内容・特徴
- 本研究成果では、下向き赤外放射量と被覆資材の熱貫流係数の関係式(図2)を、熱収支解析により作成する。上述した関係式は、温室の温熱環境シミュレーションに組み込んで利用することができる。また、測定データから描画した、被覆資材の長波放射吸収率、下向き赤外放射量および熱貫流係数の関係を示すコンター図(図4)は、保温性能が未知であるフィルム材料の簡易的な選抜に利用可能である。下記の2~5に、具体的な研究手法を示す。
- 温室栽培で近年利用されている被覆資材6種(ガラス、農PO、フッ素樹脂フィルム、農ビ、農サクビ、農ポリ)の熱貫流係数を、冬季夜間の温室内外環境を再現する図1(A)の測定装置を用いて、熱収支解析により算出する。その際、冷却室に設置された冷却板の温度を低下(-22~0°C)させ、複数段階の天空からの下向き赤外放射条件(212~297Wm-2)を再現する。測定装置内の加熱室は、冬季夜間の温室内を想定し15°C、冷却室は温室外を想定し0°Cになるように制御する。
- 2で得られた測定データから、各資材の下向き赤外放射量と熱貫流係数の関係式を作る(図2)。本研究の下向き赤外放射量の範囲内(212~297Wm-2)において、いずれの被覆資材も熱貫流係数の変化率(各被覆資材の熱貫流係数の最小値を分母とし、最小値から最大値までの増加分を分子とした場合の比率)は15%程度と明らかになる。また、作成した関係式により、下向き赤外放射量が熱貫流係数に与える影響を定量的に把握可能となる。
- 図1(B)の放射率計を用いて、供試資材の長波放射吸収率を明らかにする(図3)。各資材の長波放射吸収率は、ガラス>農PO>フッ素樹脂フィルム>農ビ>農サクビ>農ポリの順で大である。
- 図2と図3のデータを用いて、長波放射吸収率、下向き赤外放射量および熱貫流係数の関係を示すコンター図を作成する(図4)。図4のコンター図を用いると、被覆資材の長波放射吸収率から任意の下向き赤外放射条件下における熱貫流係数の推定が可能となる。
成果の活用面・留意点
- 図2の下向き赤外放射量と熱貫流係数の関係式を、温室の温熱環境シミュレーションに組み込むことで、計算精度の向上に貢献する。上記により、温室の最適な暖房設計が可能になる。
- 図4のコンター図を用いることで、一資材当たり数分で測定できる長波放射吸収率から、熱貫流係数が推定可能となり、短期間に大量のフィルム材料の中から、熱貫流係数の小さい材料の選定ができる。上記により、保温性能の高い被覆資材開発の加速化に貢献する。
- 理論上、被覆資材の長波放射吸収率が同程度の場合、下向き赤外放射量が小さいほど、熱貫流係数が大きくなるが、図4のコンター図において、上述した関係が一部で成り立っていない箇所がある。矛盾の原因は、熱貫流係数の測定値のバラツキによるものであるため、今後、資材数や測定回数を増やすなどして、矛盾のないコンター図を作成する必要がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、農林水産省(革新的環境研究:脱炭素型農業実現のためのパイロット研究プロジェクト)
- 研究期間 : 2021~2023年度
- 研究担当者 : 大橋雄太、土屋遼太、石井雅久、林真紀夫
- 発表論文等 : 大橋ら(2023)農業施設、54(3):57-69