ため池への土石流流入時の堤体作用荷重の算定手法

要約

ため池に土石流が流入した場合の、土石流からため池堤体に作用する荷重の算定手法と安定性の評価手法である。土石流の流入条件のうち土石流の密度や速度、ピーク流量(高さ)を設定することにより、堤体に作用する荷重を評価できる。

  • キーワード : ため池、土石流、流体力、堤体作用荷重の算定手法
  • 担当 : 農村工学研究部門・農地基盤情報研究領域・地域防災グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

豪雨に伴う土石流の発生により、下流に位置するため池が被災する事例がある(図1)。2017年7月九州北部豪雨や2018年7月豪雨では、上流域からの土石流の流入や、ため池上流部にあった盛土の崩壊による土砂の流入により、ため池の決壊が発生している。このような事象に対応して、「ため池管理マニュアル」(農林水産省)には、豪雨によるため池の被災メカニズムのひとつとして「土石流による決壊」が示されている。ため池に対する土石流流入時の安全性については、堤体越流と作用荷重の評価が重要であるが、評価手法は示されていない。ここでは作用荷重の算定や安全性照査の評価手法で、土石流等の土砂流入時におけるため池堤体の簡便な安全性の照査に用いる、堤体作用荷重の算定手法を提案する。さらに、2018年7月豪雨での土石流流入によるため池の被災事例から、ため池上流の平均渓床勾配から堤体の損傷の有無を評価する目安を提案する。

成果の内容・特徴

  • 堤体への最大作用荷重の算定には、砂防設備の計画にあたり土石流流体力を算定する、図1中の式(1)(「砂防基本計画策定指針(土石流・流木対策編)解説」(国土交通省)に示された式(23))を用いる。この式により、「土地改良事業設計指針「ため池整備」」(農林水産省)に示される通常の円形すべり面スライス法に、水平外力として堤体への最大作用荷重を組み込んで安定計算を行うことで、土石流流入に対する堤体の安定性の簡便な評価ができる。
  • 図2には、小規模なため池堤体模型に上流側から土砂を流下させ、荷重計で測定した最大作用荷重の実験結果を縦軸に示す。この最大作用荷重と式(1)で算定した土石流流体力は相関がある。最大作用荷重の実験値と算定土石流流体力を比較すると、最大作用荷重は算定流体力よりもやや小さい(1:1の線より下側)。このことから、式(1)を用いることにより安全側の評価ができ、実用的であることが分かる。また、流入土砂量が多いほど、最大作用荷重が大きくなる(図2中の△)。
  • 土石流の流入によりため池の貯水が上昇し、ため池の堤体を越流する場合がある。図2に示す実験結果では、土砂の流入により堤体を越流する場合(越流有)でも、測定した最大作用荷重は式(1)による算定流体力よりも小さくなる。これは、「越流有」では、土石流のエネルギーが堤体越流により逸散するためと考えられ、堤体越流する場合でも堤体への作用荷重については安全側の評価ができると考えられる。一方、ここでの安全性は、堤体越流に伴う下流側法面の侵食による安全性の低下は評価していない。下流側法面の侵食による安全性の低下は、別途評価する必要がある。
  • 貯水池内に貯水が有る場合よりも無い場合の方が、土砂流入時の堤体作用荷重は減少する(図3)。貯水池の奥行きが大きく、堤体が渓床から離れている場合、低水位であると作用荷重が減少し、水位が上昇することで作用荷重が増加する。灌漑期外では低水位に管理することが土砂流入時の堤体に対する減災対策につながる。
  • 2018年7月豪雨において、土石流の流下したため池上流域の平均渓床勾配(ため池から土石流起点までの平均勾配)の大きさによって、ため池の被害の程度に相違がある。堤体の被災は堤体自体の強度も関係するため、外力のみでは損傷の危険度を判断することはできないが、本事例においては、平均渓床勾配10°未満のため池は土砂流入による堤体の損傷が小さい傾向がある(図4)。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 土石流危険渓流等内にため池を有する自治体、土木コンサルタント会社等。
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 土石流危険渓流等内のため池。
  • その他 : 土石流を減勢させるためには砂防設備の整備や渓床の安定化が有効。堤体に大きな荷重が作用することが想定される場合には堤体の補強が必要。

具体的データ

図1 土石流流入時における堤体への作用荷重の概略図と算定式,図2 式(1)から算定した土石流流体力と実験で測定した最大作用荷重の関係,図3 貯水の有・無における堤体作用荷重と時刻の関係,図4 2018年7月豪雨による被災ため池の写真

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(農林水産研究推進事業:ため池の適正な維持管理に向けた機能診断及び補修・補強評価技術の開発)
  • 研究期間 : 2021~2024年度
  • 研究担当者 : 正田大輔、吉迫宏、小嶋創、楠本岳志、井上敬資
  • 発表論文等 :
    • 正田ら(2021)農業農村工学会誌、89:569-572
    • 正田ら(2021)農業農村工学会論文集、313:I_371-I_378
    • 正田ら(2024)農業農村工学会論文集、318:I_41-I_50