潤滑油中の金属摩耗粒子に着目したポンプ設備の劣化兆候の早期診断技術

要約

ポンプ設備等の回転体に利用される潤滑油中に含まれる金属摩耗粒子の数とその粒径により、回転体の劣化兆候を早期に診断する技術である。常時の運転時に比べて金属摩耗粒子数が1.25倍以上、さらに粒径25μm以上の数が増加した場合には、摺動部の摩耗発生が懸念される。

  • キーワード : ポンプ設備、機能診断、潤滑油、金属摩耗粒子、傾向監視
  • 担当 : 農村工学研究部門・施設工学研究領域・施設保全グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

農地へのかんがい水の供給や、過剰な水の排水を担うポンプ設備は、受益面積100ha以上の基幹的なもので全国に約3,000基存在する。しかし、これらの約8割は、設計されている耐用年数を超えて利用されている。ポンプ設備の内部の摩耗状況を点検するためには、本体を分解する必要があり、規模によってはその分解点検費用が数百万円~数千万円を要することがある。これらの維持管理コストを縮減するためには、分解することなくポンプ設備の回転体の劣化状況を見極める診断技術の開発が求められている。農研機構では、ポンプ設備等の回転体に利用される潤滑油中の金属摩耗粒子の数や形状によって劣化状況を判断する潤滑油診断技術を開発したが、ポンプの分解点検を行うための目安を示す基準値がなかった。
そこで、本研究では、現場で長期間利用され、廃棄予定の実機ポンプを過負荷状態で運転することによって人為的に過酷摩耗状態を発生させる試験(以下、過酷摩耗試験という)を行い、分解することなくポンプの劣化状況を診断できるとされている振動法、温度法、潤滑油診断法等により、摩耗状態を早期に検出できる技術と分解点検の目安を示す基準値を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 図1は、A、Bの2地区の排水機場ポンプ設備において、原動機、減速機、ポンプ軸受を対象とした過酷摩耗試験を実施した写真であり、各ポンプ設備の写真と設置したセンサー配置を示している。過酷摩耗状態は、回転体に供給される潤滑油の供給圧力を低減させることによって制御している。過酷摩耗試験中、ポンプ設備のドレイン間から採取した潤滑油を実験室に持ち帰り、その中に含まれる金属摩耗粒子の数を粒径ごとに計測した。A排水機場ポンプ設備の軸受とB排水機場ポンプ設備の原動機の過酷摩耗試験において得られた、金属摩耗粒子数の時間推移を図2に示す。粒径によらず、一定時間が経過すると金属摩耗粒子数の数が上昇する傾向が見られる。また、25μm以上の大きい粒径の金属摩耗粒子数も、時間遅れを生じて徐々に増加する傾向が見られる。このことから、定期的にポンプ設備から潤滑油を採油し、金属摩耗粒子数やその形状を確認する潤滑油診断は、ポンプ設備の摩耗状況を早期に検出できる可能性があると評価できる。
  • B排水機場減速機の過酷摩耗試験における加速度の時間推移を図3に示す。高速回転側の加速度が、潤滑油の供給圧力をほぼ0MPaに設定した直後に増加している。この結果から、加速度は、運転状態が変化したことを早期に検出できるパラメータであることが分かる。
  • AEや温度は、今回の過酷摩耗試験において、時間の経過とともに急激に値が変化する現象は見られない。
  • 各ポンプ設備において、運転の安定状態における金属摩耗粒子数に差があることから、安定状態の金属摩耗粒子数に対する変化率を分解点検の目安とすることを提案する。A、B両排水機場の過酷摩耗試験において、ポンプ運転の安定状態と推測される1回目に採取した潤滑油中の金属摩耗粒子数を初期値とした場合、金属摩耗粒子数の初期値に対する比は、試験時間の経過とともに上昇する傾向が見られる。さらに、過酷摩耗試験後の分解点検では、A排水機場原動機、B排水機場原動機のメタル軸受摺動部に摩耗が見られる(図4右)。このことから、定期的に潤滑油を採油して安定状態時の金属摩耗粒子数を監視することが重要であり、金属摩耗粒子数が安定状態時の1.25倍以上、かつ25μmの粒径の金属摩耗粒子数が増加した場合、軸受摺動部に摩耗等の異常が発生する危険性があるといえる。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 行政部局、民間企業、土地改良区。
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 農林水産省の機能診断に関する技術資料への掲載を目指す。ポンプ設備のタイプによらず、潤滑油を採取できる構造のポンプ設備であれば利用できる。
  • その他 : 本技術は、金属摩耗粒子数の絶対値ではなく、その変化率に着目している。技術の適用に際しては、個々のポンプ設備の特徴を捉えるために、定期的に潤滑油の分析を行い、あらかじめ安定状態での金属摩耗粒子数や粒径に関する情報を確認する必要がある。

具体的データ

図1 過酷摩耗試験を実施した2つの排水機場における試験状況およびセンサー配置,図2 過酷摩耗試験における潤滑油中の金属摩耗粒子数の粒径ごとの変化,図3 B排水機場減速機の過酷摩耗試験における加速度の変化,図4 初期値の金属摩耗粒子数に対する比と過酷摩耗試験後の分解点検結果

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(官民連携新技術研究開発事業)
  • 研究期間 : 2023~2024年度
  • 研究担当者 : 森充広、川邉翔平、木村優世、金森拓也、川畑雅彦(トライボテックス株式会社)、安部田泰(トライボテックス株式会社)
  • 発表論文等 : 森ら(2025)農業農村工学会論文集、320:II_11-II_19