水稲生産地域における気候変動の複合的な影響を考慮した用水需給バランスの評価手法

要約

水稲生産の便益と河川流量が用水需要を下回るリスクの関係から、水資源の変化や水稲生育期間の変動という気候変動の複合的な影響を考慮して用水需給バランスを評価する手法である。評価結果は、地域特性に応じた気候変動適応計画の策定の指針として活用できる。

  • キーワード : 気候変動、用水需給バランス、適応計画、水資源、水稲生産
  • 担当 : 農村工学研究部門・水利工学研究領域・流域管理グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

気候変動による負の影響を回避するため、気候変動適応法では、地方自治体が地域の特性に応じた地域気候変動適応計画を策定するよう努めるものとされている。水稲の生産は、その生育期間に大量の河川水を利用するため、地域の水不足発生リスクと強く関係する。気候変動による水資源の変化に加え、高温障害を避けるために水稲の生育期間が変わると、地域の用水需給バランスに複雑な影響が生じて、計画の想定を超えるような水不足が発生する可能性がある。本成果は、気候変動下での水稲生産の便益(以下「便益」)と河川流量が用水需要を下回るリスク(以下「リスク」)の関係に基づき、水資源の変化や水稲生育期間の変動が地域の用水需給バランスに及ぼす影響を予測する手法である。

成果の内容・特徴

  • 本成果で用いるリスク・便益は、農研機構で開発された予測モデルを用いて、現在および将来の気候シナリオ下で設定された水稲生育期間のケースごとに計算される。
  • ある地域におけるリスクと便益の関係は、水稲の生育期間の変更が便益向上とリスク低下に繋がる「調和型」と、便益向上がリスク増大に繋がる「競合型」に大別できる(図1)。調和型の地域では生育期間の変更により用水需給バランスが改善し、適応計画としての実現性が高いこと、競合型の地域ではその実現に向けて、利水者間の調整や追加的な施設整備が必要になることを意味する。
  • 信濃川下流域の事例を示す。同地域では近年の夏季の高温を背景に、水稲の外観品質の低下を回避するため、生育期間を10日程度遅らせている(図2)。予測モデル上で生育期間を現在から前後5週間変化させ、便益・リスクを評価する。将来も外観品質が重視されると仮定し、外観品質が高いコメの収量を便益の指標としたとき、リスクと便益の関係は競合型に分類される(図3)。
  • 競合型の地域において、将来の気候シナリオ下で生育期間を変更しない場合に対し、変更する(便益を最大化する生育期間を選択する)場合には、リスクが更に高まる(図4)。この結果を受け、信濃川下流域では高温耐性品種の導入、ほ場や水利施設等のハード的な整備、水源対策等を組み合わせた気候変動適応計画の検討が進められている。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 農業用水利用の計画主体である地方農政局・土地改良調査管理事務所、地方自治体等の行政機関を対象。
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 国営/県営レベルの水田主体の灌漑事業が整備された地域に普及予定。
  • その他 : 本手法に必要なデータ(現在と将来気候下における河川流量が用水需要を下回るリスク、水稲の収量・品質のモデル計算値)は全国スケールで整備している。農研機構との共同研究により、これらのデータを利用して特定の地域を対象にしたリスク・便益の評価手法の高度化等、地域特性に応じた適応計画の詳細な検討が可能である。

具体的データ

図1 便益とリスクの関係に基づいた複合的な影響評価手法,図2 信濃川流域における水稲の生育期間と農業用水の取水期間の関係,図3 信濃川下流域で現在の生育期間から前後5週間ずらした場合の便益とリスクの関係,図4 信濃川流域で気候変動と生育期間の変化を考慮した場合のリスク

その他

  • 予算区分 : 交付金、環境省(環境研究総合推進費)、その他外部資金(行政支援型共同研究)
  • 研究期間 : 2021~2024年度
  • 研究担当者 : 髙田亜沙里、吉田武郎、石郷岡康史、丸山篤志、工藤亮治(岡山大)
  • 発表論文等 :