複数作期・品種・温暖化条件下におけるコムギの出穂期予測シミュレーション

要約

低温要求性を考慮した発育モデルを用いたコムギの出穂期予測シミュレーションから、播性が低い品種は生育期間中の気温上昇に対して出穂期が大幅に促進され、その特徴は平坦地で早播するとより顕著となる一方、播性が高い品種は相対的に影響を受けにくいことが示唆される。

  • キーワード:コムギ、発育モデル、温暖化、適応策、播種期
  • 担当:西日本農業研究センター・中山間営農研究領域・地域営農グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

温暖化や気候変動に適応したコムギの安定栽培を実現するためには、栽培品種の選択、作期(播種期)、栽培環境に応じてどのようにコムギが発育するかを理解する必要がある。瀬戸内地域においては平坦地および中山間地域においてコムギが栽培されているが、当該地域における持続可能なコムギ生産を実現するためには、品種・作期・産地の違いを同時に考慮したうえでの生育期間中の気温上昇がコムギの発育応答へ与える影響を整理・理解し、将来の適応策を検討することが求められている。
そこで、コムギの低温要求性を考慮した発育モデルを開発し、1981年から2010年までの平均気温を平年値とし、それから一定温度上昇した場合と生育初期の冬季まで、または幼穂形成後の春季以降に気温が上昇した場合の複数シナリオを想定し、複数作期・栽培環境と低温要求性が異なる品種タイプ(播性- と播性:)の組み合わせにおいて、出穂期の変化を発育モデルを用いて検証する。

成果の内容・特徴

  • 低温要求性を考慮した発育モデルを用いて、既存のデータでコムギ4品種の出穂期予測精度を検証したところ、出穂期はおおむね4日以内に予測可能である(図1)。
  • 生育期間中の気温が1°C上昇すると、播性が-の品種(「チクゴイズミ」)は4-12日程度出穂期が早まり、播性がIVの品種(「イワイノダイチ」・「キヌヒメ」・「さとのそら」)は4-8日程度出穂期が早まる(図2)。この結果は、播性が低い品種は温暖化に対して敏感に反応して出穂期が早くなるのに対して、低温要求性を有する播性が高い品種のほうが生育期間中の気温上昇に対して相対的に影響を受けにくいことを示している。
  • 特に平坦地である福山においては、播性が低い品種は早播きするほど出穂期の促進日数が大きくなる。生育が早まることによる凍霜害が問題になる場合は、遅播きによって幼穂形成や茎立を遅らせることや、播性が高い品種に変更することが適応策として考えられる。
  • 生育初期の冬季まで(播種から2月まで)に気温が2°C上昇した場合、出穂期がおおよそ4-6日程度早まるのに対して、幼穂形成以降の春季(3月以降)に気温が上昇した場合、おおよそ6-8日程度、出穂期が早まる。したがって、春季の気温上昇のほうがコムギの発育に大きく影響を及ぼすことが示唆される(図3)。

成果の活用面・留意点

  • 気候変動下における持続可能なコムギの安定栽培を実現するため、コムギの播種適期の見極めや栽培品種の選定、将来の育種設計に活用できる。
  • 本研究は、1981年から2010年までの平均気温を平年値として定義し、平年値から1~3°C高い条件と、播種から2月までの冬季または3月以降の春季のみ気温が平年値と比較して2°C高い条件を想定し、10/15、10/30、11/15、11/30、12/15、12/30の6播種期において上記コムギ品種の出穂期を発育モデルで推定して得られた結果である。中山間地域および平坦地の例としてそれぞれ広島県世羅郡世羅町(標高約400m)と福山市(標高約1m)(図4)において上記コムギ品種の出穂期をシミュレーションしている。各播種期以降の気象データについてはメッシュ農業気象データを使用。
  • 実際の気温の変化は年較差が大きいため、コムギの発育が常に早まるとは限らない。また、本研究は、関東以西の温暖地・暖地を対象としており、積雪は考慮していない。これらの地域では播性が低い品種の秋播栽培が一般的であるが、近年は播性が高い品種の栽培も徐々に増えている。
  • 温暖化が過度に進行した場合(平年値+4~5°C)、暖地では逆に凍霜害が発生しにくい温度条件になり、十分な生育期間と登熟期間確保のために播種を早めた方がよくなる可能性もあるため注意が必要である。

具体的データ

図1 コムギ4品種の出穂期予測精度,図2 コムギ4品種における、各播種日・気温上昇シナリオ別の出穂期の促進日数,図3 冬季まで、または春季以降の気温上昇による出穂期の促進効果の比較,図4 福山と世羅における月平均気温の推移(1981年から2010年)

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2020~2021年度
  • 研究担当者:川北哲史、髙橋英博、石川直幸、奥野林太郎、守屋和幸(京都大)
  • 発表論文等:
    • Kawakita S. et al. (2020) J. Agric. Meteorol. 76:81-88
    • Kawakita S. et al. (2021) Agron. J. 113:4982-4992