半自然草地の在来植物種数に対する施肥の影響は長期間継続する
要約
半自然草地に対する草地改良(施肥・牧草播種)の影響は半世紀後にも残存し、その影響で在来植物種数の減少や保全的価値の高い草原性植物の減少が生じる。このような生物多様性保全上の負の影響を避けるため、長期的な影響を考慮した草地管理の継続が必要である。
- キーワード : 外来種、生物多様性、草地改良、土壌肥料、野草地
- 担当 : 西日本農業研究センター・周年放牧研究領域・周年放牧グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
半自然草地(放牧、採草および火入れなど人為的管理のもとに成立している野草地)では粗放的農業利用によって生物の多様性が維持されているが、開発や生産重視の農業利用によってその面積は世界的に減少しており、保全が求められている。一方、わが国の土壌は、人為的影響がない限り、酸性が強く、リン酸吸着能が高いといった特徴をもつ。半自然草地で草地改良が行われると、元来貧栄養であるわが国の土壌に適応する在来植物種の生育に不利となり、種構成が大きく変化するとともに、その効果が長期間継続する可能性がある。
そこで、半世紀前に草地改良を経験した半自然草地(以下、I区)とそれに隣接する草地改良経験のない半自然草地(以下、N区)における植生および土壌化学特性に関するデータを用いて、施肥の土壌への長期的影響および草地改良が半自然草地の植物の種構成や多様性へ及ぼす影響を明らかにする。
成果の内容・特徴
- 表層土壌の化学特性データによると、I区およびN区においてpHには差がない(表1)。一方、土壌養分の含量は多くの項目でI区がN区を上回り、特に可給態リン酸(ブレイII法)含量は2.3倍高いことから、半世紀前に一度行った施肥にも関わらずその痕跡は明らかに残存する。
- I区およびN区ともにシバが優占し、その被度に差は見られないが、1 m×1 m枠あたりの出現全植物種数および在来種数はI区がN区を下回る(表2)。両区の種構成には一部類似する箇所も見られるが、全体としては有意に異なる(図1)。
- I区を特徴付ける植物種(指標種)には、人工草地で典型的な雑草種のカタバミ、メヒシバおよびエゾノギシギシが見られる(表3)。N区の指標種にはコナスビ、スズメノヤリ、ツリガネニンジンおよびカワラナデシコなど半自然草地に典型的な植物種が見られる。このように植物の種構成においても、I区と比較してN区の保全的価値が高い。
- I区およびN区における植物の種構成は土壌の化学特性と関連する(図1)。全窒素、熱水抽出性窒素、可給態リン酸、交換性カルシウム・マグネシウム・カリウムなどの含量が多い土壌では、在来種数が少なく、外来種数が多い。すなわち、半自然草地の草地改良は長期間継続する土壌の富栄養化を引き起こすとともに、種構成に影響を及ぼし、生物多様性を低下させる。
成果の活用面・留意点
- 半自然草地を対象とした草地改良に際しては、生物多様性への長期的な影響を考慮すべきである。すなわち、対象草地の取り扱いを保全的価値の観点からも評価し、必要に応じて改良を必要最小限に留め、伝統的利用(放牧や採草)を継続するなど、計画的に生物多様性を保全することが望ましい。
- 調査対象の半自然草地(I区およびN区)は島根県隠岐郡知夫村に所在し、土壌は褐色森林土に分類される。I区では1970年にイネ科牧草4種とシロツメクサが不耕起播種され、その際に苦土石灰(1 t/ha)、ようりん500 kg/haおよび化成肥料500 kg/ha(窒素、リン酸、カリそれぞれ 7 %、12 %、7 %)が施用されている。造成2年後の1972年の時点で、I区に播種されたイネ科牧草はすでに衰退している(平均合計被度4.9 %)。I区およびN区は隣接しており、その間に柵などはなく、草地改良以前から現在に至るまで一体として放牧利用(1970年代までは採草と兼用)されている。なお、草地改良以降、施肥は実施されていない。調査年は2019年である。
具体的データ
その他
- 予算区分 : 文部科学省(科研費)
- 研究期間 : 2019～2022年度
- 研究担当者 : 堤道生、平舘俊太郎(九州大)、横川昌史(大阪自然史博)、井上雅仁(三瓶自然館)、山北絵理(九州大)、高橋佳孝(全国草原再生ネットワーク)
- 発表論文等 : Tsutsumi M. et al. (2022) PLOS ONE 17:e0275808