アブシジン酸分解酵素遺伝子によるイネ幼苗の低温伸長性の改良

要約

イネでアブシジン酸(ABA)分解酵素遺伝子を発現させると、低温下でのABAの蓄積が抑制され、幼苗のシュートおよび主根の低温伸長性が向上する。

  • キーワード:イネ、アブシジン酸分解酵素遺伝子、幼苗、低温伸長性
  • 担当:作物開発・利用・稲遺伝子利用技術
  • 代表連絡先:電話011-857-9260
  • 研究所名:北海道農業研究センター・寒地作物研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

アブシジン酸(ABA)は環境ストレス耐性を向上させる植物ホルモンとして重要な役割を果たしているが、一方で、過剰なABAは、生育遅延や花粉不稔の原因となることも知られている。これまでに、イネ(Oryza sativa L.)の幼苗において、ABA分解酵素(ABA 8'-hydroxylase)遺伝子(OsABA8ox1)は4°Cでは発現誘導されるが、15°Cでは発現誘導されず、この温度域でより多くのABAが蓄積することを明らかにした。そこで本研究では、OsABA8ox1を15°Cでも発現できるようにした形質転換イネを作出し、低温下での幼苗におけるABAの蓄積量ならびにシュートおよび主根の低温伸長性を原品種と比較する。これにより、低温下でのABA蓄積量を抑制することでイネ幼苗の低温伸長性が改良できるのかどうかを明らかにする。

成果の内容・特徴

  • ABA分解酵素遺伝子OsABA8ox1を緑葉特異的プロモーター(E0082P)に連結して導入した形質転換系統「25-20」および「27-3」の幼苗における15°Cでのシュートの伸長性は、原品種「豊光」よりも有意に優れる(図1A、B)。
  • 「25-20」および「27-3」の幼苗における15°Cでの主根長の伸長性は、原品種よりも有意に優れる(図1A、C)。
  • 「25-20」および「27-3」の幼苗における15°CでのABA含量は、原品種よりも有意に低い(図1D)。
  • 「25-20」および「27-3」における15°CでのABA分解酵素遺伝子OsABA8ox1の発現量は、常温および低温処理期間を通して原品種よりも有意に多い(図1E)。
  • ABAシグナル伝達に係るPP2C(2C型脱リン酸化酵素)遺伝子、ABAで発現誘導されることが報告されている転写因子遺伝子、水ストレス応答遺伝子および熱ショックタンパク質遺伝子の発現が原品種よりも「27-3」の方で低下している(図2)。対照的に、ABAによる発現抑制と細胞伸長促進への関与が報告されているPeroxidase遺伝子が原品種よりも「27-3」で高まっている(図2)。これらの結果は、ABA応答の抑制が、幼苗の低温伸長性の向上に関与している可能性を示す。

成果の活用面・留意点

  • ABA分解酵素遺伝子の発現量がより多い「27-3」では、耐乾性が低下しており、湛水条件でも空気が乾燥しているときには葉が萎れやすい。「25-20」ではそのような現象が認められないので、耐乾性を低下させずに低温伸長性を向上させことができるABA分解酵素遺伝子の発現量は、「25-20」における発現量が目安となる。
  • 既存の品種の中に、ABA分解酵素遺伝子の低温誘導性が優れるものがあることから、これを育種材料とし、ABA分解能を指標として選抜を行うことで、低温伸長性の改良ができる可能性がある。その際には、上記1のABA分解酵素遺伝子発現量と耐乾性との関係に留意する必要がある。

具体的データ

その他

  • 中課題名:次世代高生産性稲開発のための有用遺伝子導入・発現制御技術の高度化と育種素材の作出
  • 中課題整理番号:112c0
  • 予算区分:交付金、競争的資金(農食事業)
  • 研究期間:2010~2015年度
  • 研究担当者:佐藤裕、妻鹿良亮、目黒文乃、遠藤亮、下坂悦生、村山誠治、南原英司、瀬尾光範、菅野裕理、Suzanne R. Abrams
  • 発表論文等:
    Mega et al. (2015) Sci. Rep. 5:13819. doi:10.1038/srep13819