台風によりアジアの個体群間の境界を越えて移動するトビイロウンカの解析事例

要約

東南アジア個体群であるフィリピンのトビイロウンカ個体群は、フィリピンと台湾間を通過する台風により、薬剤感受性や品種加害性などの特性が異なる個体群間の境界を越えて長距離移動し、東アジア個体群の分布する台湾に飛来する場合がある。

  • キーワード:トビイロウンカ、長距離移動、アジア個体群
  • 担当:気候変動対応・暖地病害虫管理
  • 代表連絡先:Mail Address Fax:096-242-7769、Tel:096-242-7682
  • 研究所名:九州沖縄農業研究センター・生産環境研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

台湾は、日本に飛来するイネウンカ類の飛来源の一つと考えられおり、台湾個体群の特性は日本における防除対策上も注目する必要がある。

これまで、フィリピンと台湾・中国のトビイロウンカ個体群は、殺虫剤感受性や品種加害性、翅型発現性などの特性の違いから、それぞれ東南アジア個体群と東アジア個体群に分けられてきたが、後退軌道解析(2003年度研究成果情報)からは、トビイロウンカがこれらの境界を越え、フィリピンから台湾へ移動することが推定されていた(Otuka et al., 2005)。そこで、トビイロウンカがアジアの個体群間境界を越えて長距離移動する事例を、後退軌道解析に加え、殺虫剤感受性検定で飛来個体群の特性も調べることで検証する。感受性検定は、トビイロウンカの飛来予測技術(2003年度研究成果情報)を利用して、フィリピンから台湾に飛来したと推定された直後に水田から虫を捕獲することで実施する。

成果の内容・特徴

  • 台湾とフィリピンの間を移動する台風により(図1)、フィリピンから台湾への移動が予測された直後に(図2)、台湾東部の台東市の水田(図4★)でトビイロウンカ長翅型成虫を捕獲できた。水田には短翅型成虫や幼虫は発生せず、北部の予察灯にも長翅成虫が誘殺されていなかったため、これらの長翅型成虫は飛来虫である可能性がある。
  • フィリピン個体群は、殺虫剤イミダクロプリドに対して感受性であり、東アジア個体群(台湾・中国)は同剤に対して感受性が低下していることが知られているが、捕獲したトビイロウンカ(Taiwan-2010)は、イミダクロプリドに対して半数致死量LD50が0.077μg/gと小さく、感受性を示す。
  • 捕獲したトビイロウンカの、イミダクロプリド濃度と致死率のプロット(Taiwan-2010)は、フィリピン(Philippines-CG, 2006年捕獲, 図1)、台湾(Taiwan-TTG, 2006年捕獲, 図1)の個体群と有意に異なり、低濃度でフィリピン個体群の直線に近づき、高濃度で台湾個体群の直線に近づく(図3)。このことは、感受性個体群と抵抗性個体群が混合したあるいは交雑した結果と理解される。
  • 後退軌道解析から、この移動の推定される飛来源は、感受性個体群の分布するフィリピンと、抵抗性個体群の分布する中国南部である(図4)。
  • 以上の結果から、トビイロウンカが台風によりフィリピンと中国南部から台湾東部へ長距離移動したと推定できる。

成果の活用面・留意点

  • 台湾とフィリピンとの間を通過する台風は珍しくなく、アジアの個体群間境界を越えてトビイロウンカの遺伝子交流が起こっていると考えられる。遺伝子交流の詳細な実態解明、および日本への影響の解明は今後の課題である。
  • Taiwan-2010個体群は4-5代飼育後に殺虫剤感受性検定に用いた。

具体的データ

図1 2010年台風10号の移動経路
図2 トビイロウンカの飛来予測結果
図3 薬剤イミダクロプリド濃度とトビイロウンカの致死率図4 後退軌道解析の結果

(大塚彰、真田幸代、松村正哉)

その他

  • 中課題名:暖地多発型の侵入・新規発生病害虫の発生予察・管理技術の開発
  • 中課題番号:210d0
  • 予算区分:日台共同、科研費
  • 研究期間:2009~2011年度
  • 研究担当者:大塚彰、真田幸代、松村正哉、Shou-Horng Huang(台湾嘉義農業試験分所)
  • 発表論文等:Otuka A. et al. Appl. Entomol. Zool.(投稿中)