過酸化水素によるイネホスホリパーゼDの活性化

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要約

過酸化水素がイネの培養細胞に対してホスホリパーゼD(PLD)を活性化する。この活性化は細胞質内で起こり、活性化されたPLDが細胞膜へ移行する。この過程にはプロテインチロシンキナーゼ(PTK)が関わっている。

  • キーワード:イネ、過酸化水素、ホスホリパーゼD、リン酸化
  • 担当:中央農研・北陸地域基盤研究部・米品質研究チーム
  • 連絡先:電話025-526-3245、電子メールtkyama@affrc.go.jp
  • 区分:関東東海北陸農業・生物工学、作物・生物工学
  • 分類:科学・参考

背景・ねらい

過酸化水素は主に植物の防御反応にとって極めて重要な役割を果たしていることが広く知られている。さらに近年、過酸化水素がカルシウムチャンネルを活性化したり、Mitogen-activated protein kinase (MAPK)を活性化することが報告され、植物ホルモンのような生体の情報伝達物質として根粒形成、気孔の調節などに関わっていることが明らかになりつつある。一方、動植物の細胞内情報伝達の代表的なものとしてリン脂質代謝を介する情報伝達機構(リン脂質シグナル伝達系)が知られており、動植物細胞のさまざまな情報伝達に関わっていることが明らかになっている。そこで過酸化水素のイネに対する情報伝達物質としての機能と、リン脂質シグナル伝達系との関連を解明することにより、イネの細胞内情報伝達機構の生理的解明に貢献する。

成果の内容・特徴

  • 過酸化水素処理したイネ(日本晴)培養細胞をEGTA存在下で抽出し、超遠心分離と透析により細胞膜画分と細胞質画分を調製し、PLD活性の変化を解析すると、膜画分のPLD活性の増加が検出される(図1)。
  • 過酸化水素処理していない培養細胞を同様の方法で調製した細胞膜画分と細胞質画分を過酸化水素処理した後、PLD活性の変化を解析すると、細胞質画分のPLD活性の増加が検出される(図2)。植物のPLDはカルシウムイオン存在下で活性化されることが知られているが、細胞質画分のカルシウムイオンは過剰量のEGTAにより完全にキレートされていることから、カルシウムイオン以外の活性化経路が存在することを示している。
  • 2.の過酸化水素処理した細胞膜、細胞質の両方の画分を混合し25℃、3分間インキュベート処理した後、再び超遠心分離で細胞膜、細胞質画分に分離し、PLD活性の変化を解析すると、膜画分のPLD活性の増加が検出される(図3)。従って、過酸化水素により活性化された細胞質のPLDが細胞膜に移行することを示している。
  • 過酸化水素による細胞質内のPLDの活性化にはATPが必要であり、PTKの阻害剤であるLavendustin AがPLDの活性化を完全に抑制することから、過酸化水素によるPLDの活性化にPTKが関わっていることを示している(図4)。
  • 以上の結果は過酸化水素が細胞質内のPTKを活性化することによりPLDを活性化し、活性化されたPLD分子が細胞質から細胞膜に移行することを示している。

成果の活用面・留意点

  • 本成果はイネにおいて過酸化水素がカルシウムイオン非存在下でPLDを活性化すること、この活性化にPTKが関わっていることを明らかにしており、動植物の細胞内情報伝達の生理的解明に広く貢献できる。
  • 過酸化水素の情報伝達系がリン脂質シグナル伝達系とリンクしていることを示している。すなわち植物においてPLDが関わっていることが示唆されている生理現象(根の形成、防御応答、貯蔵米の劣化など)に過酸化水素が関係している可能性を示している。

具体的データ

図1 .イネ培養細胞における過酸化水素(0.01mM) によるPLDの活性化。 図2.イネ培養細胞の抽出画分における過酸化 水素によるPLDの活性化。

 

図3.イネ培養細胞の抽出画分の過酸化水素 (0.1mM)による活性化PLDの局在変化。 図4 .イネ培養細胞の細胞質画分における過酸化水素(0.1mM)によるPLDの活性化に対するATP (0.1mM)とLavendustin A(0.01mM)の効果。

その他

  • 研究課題名:環境要因の異なる同一品種のタンパク質等穀粒成分と品質の関係解明
  • 課題ID:03-12-02-01-01-04
  • 予算区分:交付金・研究強化費
  • 研究期間:2002~2004年度
  • 研究担当者:山口武志、南 栄一(生物研)、田部 茂(生物研)、渋谷直人(明治大学)
  • 発表論文等:1) Yamaguchi et al. (2004) Plant Cell Physiol. 45: 1261-1270.