イネ登熟期の高温が種子登熟代謝に及ぼす影響を示した高温登熟代謝アトラス

要約

高温による遺伝子発現の変化と代謝物質量の変化を網羅的に統合解析し作成した高温登熟代謝アトラスを参照すると、デンプン合成低下や分解の上昇、ショ糖の利用低下、ATP生産能力の低下が、高温下でのデンプン蓄積の律速要因であることが分かる。

  • キーワード:イネ、登熟代謝、高温登熟、遺伝子発現、メタボローム
  • 担当:中央農研・稲収量性研究北陸サブチーム
  • 代表連絡先:電話025-526-3245
  • 区分:作物
  • 分類:研究・参考

背景・ねらい

登熟期の高温はイネの種子登熟代謝を阻害し、デンプンの蓄積を低下させ、デンプン粒が発達不良となった白未熟粒を生じる。登熟途中穎果のみを高温に曝しても白未熟粒が生じることから、穎果内の代謝反応の阻害がこれらの貯蔵物質の蓄積低下の主要因であると考えられるが、その代謝の律速要因は不明である。
そこで、マイクロアレイ分析技術とメタボローム分析技術を用いて全遺伝子の発現と一次代謝物質量を網羅的にモニタリングし、登熟温度の上昇による変化を解析することによって、登熟代謝の律速段階を解明する。

成果の内容・特徴

  • イネ44KマイクロアレイおよびKEGG(http://www.genome.jp/kegg/pathway.html)、RiceCyc(http://www.gramene.org/pathway/ricecyc.html)データベースを用いると、イネ一次代謝関連全遺伝子の発現量データを抽出することができる。また、キャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)を用いると、糖リン酸、有機酸、アミノ酸、ヌクレオチド等主要な一次代謝物質を同時定量できる。
  • 出穂後5~20日の間、イネ「日本晴」に昼33°C/夜28°Cの高温処理を施すと、胚乳デンプン粒の蓄積が阻害された白未熟粒が生じる。対照区(昼25°C/夜20°C)と比較して、登熟途中の穎果において、高温処理によってショ糖およびほとんどのアミノ酸の含量が増加し、糖リン酸および有機酸の量が減少する(図1)。一次代謝に関連する遺伝子群の発現は様々に変動する。
  • 各々の代謝酵素をコードする遺伝子群の発現を定量比較することによって貯蔵物質蓄積の律速となる代謝反応を推定でき、高温によるデンプン蓄積阻害の生理要因はデンプン合成の低下(GBSSIBEIIb等デンプン合成関連遺伝子の発現低下)、デンプン分解の上昇(アミラーゼ遺伝子Amy3EAmy3D等の発現上昇)、ショ糖の利用の低下(ショ糖輸送体、ショ糖合成酵素、インベルターゼ遺伝子の発現低下)、およびATP生産能力の低下(チトクロームc呼吸鎖、H+-ATPase遺伝子の発現低下)と考えられる(図1)。また、アミノ酸が蓄積する要因は転写・翻訳、特にアミノアシルtRNA合成の低下と考えられる。

成果の活用面・留意点

  • 本代謝アトラスを参照することによって、イネ高温登熟条件でデンプンやタンパク質等種子貯蔵物質の蓄積阻害が生じる代謝要因が理解でき、貯蔵物質合成の律速となりうる代謝反応および最も高温で影響を受ける遺伝子が推定できる。
  • 本アトラスは、穎果全体を分析対象としたため、代謝反応の部位特異性、局在性については、別途解析する必要がある。また、各酵素の活性については示しておらず、別途解析する必要がある。
  • 推定された候補遺伝子が実際に貯蔵物質蓄積の律速となっているかは、当該遺伝子の機能欠失変異イネや遺伝子改変組換えイネの登熟性解析等で検証する必要がある。
  • 高温による個々の代謝反応の変化、詳細な分析条件および定量値については、発表論文を参照されたい。

具体的データ

登熟途中穎果における炭素代謝(A)および窒素代謝(B)の温度応答性

その他

  • 研究課題名:イネゲノム解析に基づく収量形成生理の解明と育種素材の開発
  • 中課題整理番号:221c
  • 予算区分:実用遺伝子、委託プロ(新農業展開)
  • 研究期間:2009~2010 年度
  • 研究担当者:山川博幹、羽方誠( 特別研究員)
  • 発表論文等:Yamakawa and Hakata (2010) Plant Cell Physiol. 51 (5): 795-809