ホスホリパーゼD遺伝子の抑制系統は高温による白未熟粒発生を軽減する
要約
リン脂質代謝酵素ホスホリパーゼD遺伝子の1つであるOsPLDb2を抑制または欠失したイネは高温登熟による品質障害が大幅に低減する。
- キーワード:稲、ホスホリパーゼD、高温障害、RNA干渉、Tos17
- 担当:作物開発・利用・水稲多収生理
- 代表連絡先:電話 029-838-8481
- 研究所名:中央農業総合研究センター・作物開発研究領域
- 分類:研究成果情報
背景・ねらい
水稲の夏期の高温による品質障害(白未熟粒の発生)により、米の一等米比率が著しく低下していることから、高温障害を回避する農業技術や高温障害が低減する品種の開発が強く求められている。一方、イネを含む高等植物のさまざまな環境応答に脂質代謝や細胞内信号伝達に関わる因子が重要な役割を果たしていることが多数報告されている。そこでこれらの遺伝子の抑制系統を温室と圃場で高温栽培することにより、高温障害を低減する系統の選抜を行なう。
成果の内容・特徴
- イネのリン脂質代謝酵素の1つであるPhospholipase D(PLD)のうちOsPLDb2遺伝子の発現を、RNA干渉による遺伝子組換え技術で抑制(Knockdown:KD)した系統(PLDb2-KD)は、温室で高温栽培した場合の高温障害が、野生株の日本晴に比べて顕著に低下する(図1、2)。
- 同様に、トランスポゾンであるTos17が挿入したことによりOsPLDb2遺伝子の機能が欠失(Knockout:KO)した系統(PLDb2-KO)においても温室での高温栽培による高温障害が顕著に低下する(図2)。
- このうち突然変異系統であるPLDb2-KOは、ビニルハウスにより高温処理を行なった圃場栽培においても、高温障害が顕著に低下する(図3)。
- 以上の結果より、PLDb2が欠失あるいは機能が低下した場合には高温障害が顕著に低下することが判明した。
- シロイヌナズナとイネにおいてはPLDの抑制により活性酸素の生成が抑制されることが示されている(Sang et al. Plant Physiol. 2001 126: 1449、Yamaguchi et al. Plant Cell Physiol.2005 46: 579)。そこで、PLDb2-KD/KOの活性酸素量の測定を行った結果、高温で登熟した種子中の活性酸素(過酸化水素)量が、野生株と比較して著しく低下し、平温で登熟した野生株と同程度を示すことがわかった(図4)。従ってOsPLDb2の抑制または欠失による登熟種子中の活性酸素量の低下が高温障害の抑制に関わっていることが示唆される。
成果の活用面・留意点
- PLDb2-KO系統はレトロトランスポゾンTos17がPLDb2に挿入された突然変異系統であるため、高温障害を回避する稲を育種するための有力な素材となることが予想される。
- リン脂質代謝酵素の抑制あるいは機能欠失がイネの高温障害の低減に関わるメカニズムについてさらに研究を進める必要がある。
具体的データ

(山口武志)
その他
- 中課題名:水稲収量・品質の変動要因の生理・遺伝学的解明と安定多収素材の開発
- 中課題番号:112b0
- 予算区分:交付金
- 研究期間:2006~2011年度
- 研究担当者:山口武志、黒田昌治、山川博幹
- 発表論文等:山口武志、黒田昌治、山川博幹(2011) イネ科植物の高温障害を低減させる方法、ベクター及びイネ科植物、出願番号:特願2011-053487