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ニホンシカの採血時に用いられる鎮静剤(キシラジン)が赤血球,好中球,リンパ球などの血球数や一部の生化学的指標に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。
近年,日本でも養鹿事業が試みられるようになり,疾病の診断および病態の把握が必要になってきている。このためには血液学的,生化学的検査が必要であるが,ニホンシカの場合,これらについての報告は少ない。またニホンシカは非常に興奮しやすい動物であり,採血時にはキシラジン投与による鎮静化が用いられている。本研究では,ニホンシカの血液学的,生化学的検査の基礎データを得るため,ニホンシカの頸静脈にカテーテルを装着してできるだけストレスの少ない条件下で採血を行い,キシラジンによる血液学的,生化学的成分の経時的変動や,その投与量の影響について検討した。
実験にはニホンシカ6頭(雄2頭,雌1頭,去勢雄3頭:BW40~65kg)を用いた。これらのシカの頸静脈にへパリンコーティングカテーテル(ANTHRON CATHETER,II-147P,Toray Medical)を装着し,ケージ(50×130×150cm)に入れ約1週間馴致させた後,それぞれに,I:無処置,II:生理食塩水筋注,III:キシラジン筋注(1.0mg/kg BW),IV:キシラジン筋注(2.5mg/kg BW)の各処置を行った。採血は各処置前30分,処置直前,処置後15,30,45,60,120,180分および6時間後に行った。赤血球,ヘマトクリット,へモグロビンは処置III,IVにおいて,キシラジン投与後15分から180分まで有意に低下し,6時間後でも元の値には回復しなかった。最も低値を示したのは180分後で,投与前に比べ約30%も低下した(図1)。しかし平均赤血球容積,平均赤血球へモグロビン濃度の有意な変動はみられなかった。リンパ球数はキシラジン投与後15分から180分後まで有意に低下し,6時間後には投与前のレベルに回復した。これに対し好中球数は他の血球成分とは全く異なる変動を示した。すなわちキシラジン投与15分後より低下,60分後最低値(約60%低下)を示した後,120分後には急激に増加し,6時間後まで投与前より高い値で推移した(図1)。生化学的成分については,グルコースおよび遊離脂肪酸が大きな変動を示すのが特徴的であるが,他の成分(GOT,γ-GPT,フィブリノーゲン,シアル酸,総ビリルビン,尿素窒素,Ca,Mg,アルブミン)の場合,有意な低下を示すものでも変動率は10%程度であった(表1)。変動の見られた成分でも処置III,処置IV間での差は認められず,この範囲内(1.0~2.5mg/kg BW)であればキシラジン投与量の多少が一般の生化学的検査測定に与える影響はないものと考えられた。
キシラジン投与は血球成分に大きな影響を与えることが確認され,これらの値は参考値程度にとどめるのが適当と考えられた。また生化学的成分ではグルコースおよび遊離脂肪酸が大きな変動を示すことから,ホルモン関係の測定には不適と考えられるが,他の指標についてはキシラジンの影響は少なくキシラジン投与時における標準値を設定することにより,より正確な情報が得られると考えられる。