Streptococcus suis溶血素遺伝子領域が水平伝播した証拠

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要約

豚のレンサ球菌症の主な原因菌S. suisの溶血素遺伝子領域は外来性であること、さらにこれが他の菌から取り込まれた後に、本菌種内においても水平伝播した証拠を示した。この知見は、何らかの遺伝子を菌種間及び菌種内で交換していることが、本菌に共通の現象であることを示すと共に、本菌における菌株間の多様性を形成するメカニズムを説明する。

  • キーワード:Streptococcus suis、溶血素遺伝子、水平伝播、進化、多様化
  • 担当:動衛研・感染病研究部・病原細菌研究室
  • 連絡先:電話029-838-7743
  • 区分:動物衛生
  • 分類:科学・参考

背景・ねらい

豚のレンサ球菌症の主な原因菌S. suisの病原因子に関しては、強毒及び弱毒株間の比較からいくつかの候補が提示されてきたが、莢膜以外の病原学的意義は確立しておらず、未だ不明な点が多い。本菌の病原因子解明を妨げている主な要因は、病原因子の候補と思われる種々の因子の有無が株間で多様性を示すことである。そこで、S. suisの中に溶血素遺伝子を保有する株としない株があることに着目し、両者における当該染色体領域の遺伝子構造を解析することにより、S. suisの菌株間に見られる多様性を生ずるメカニズムの解明を目指した。

成果の内容・特徴

  • S. suis野外株の一つDAT2株の溶血素遺伝子(sly)周辺領域の塩基配列を決定し、これを基に溶血素を産生しない野外株DAT1株のsly遺伝子当該領域の塩基配列を決定・比較した。
  • 図1に示すとおり、sly遺伝子の上流と下流の遺伝子構造は両者に保存されていたが、DAT1株にはsly遺伝子の代わりに全く異なる遺伝子orf102が存在し、slyまたはorf102遺伝子の前後に隣接する領域は両株間で低い相同性を見せたものの、周辺には繰り返し配列や可動因子の痕跡はなかった。また、両者共にゲノム全体の平均G+C%との差はなかった。
  • 血清型1~28型の参照株を含む計66株で、当該遺伝子領域の構造を調べたところ、この領域で遺伝子の再編成を起こしたと推定される6株を除き、全ての株においてゲノム上の同じ位置にslyまたはorf102のどちらかの遺伝子しか存在せず、いずれかが何らかの方法で異種菌から獲得された外来遺伝子であることが示された。
  • 上記の菌株のうち43株について16S rRNA遺伝子配列に基づく系統樹を作成し、各遺伝子構成の分布を調べた結果、図2に示すとおり、16S rRNA遺伝子配列が全く同じ株の中にも、slyを保有する株とorf102を保有する株の両者が存在することが明らかとなった。
  • 以上の成績から、sly及びorf102遺伝子領域がS. suis株間では周辺領域を含む相同組換えにより水平伝播されたことが示された。我々はこれまで、本菌の制限修飾遺伝子についても同様な遺伝子の水平伝播を示した(J. Bacteriol. 183:500-511, 2001.、 J. Bacteriol. 183:5436-5440, 2001.)。今回の成績を合わせることにより、S. suisが何らかのメカニズムで異種菌から遺伝子を獲得し、その後株間で交換するという遺伝子の水平伝播が、DNA切断活性を有する制限修飾遺伝子等の特殊な遺伝子だけに限らず、他の遺伝子領域においても起こっている本菌に共通の現象であることが示唆された。

成果の活用面・留意点

  • S. suisでは何らかのメカニズムによって取り込まれた外来遺伝子が、周辺領域も含めた相同組換えにより、同一菌種内でも遺伝子を交換していることが明白となり、本菌の多様性を生ずる基本過程が明らかとなった。
  • S. suisでの外来遺伝子の染色体への取り込みに、これまで知られていないさらに新しいメカニズムによる非相同組換えが起こったことを示唆する。
  • 本研究の解析手法、すなわち、特定形質の有無を司る遺伝子領域構造の比較と16S rRNA遺伝子等による系統樹との照合は、G+C%から外来遺伝子と推定できない場合でも、新規の外来遺伝子を同定する手段として応用できる。

具体的データ

図1.DAT2株のsly遺伝子領域およびDAT1株のsly遺伝子の当該領域の遺伝子地図

図2.16S rRNA遺伝子に基づく系統樹上での各遺伝子型の分布

その他

  • 研究課題名:Streptococcus suisのゲノム構造の解明とプロテインプロファイルの作成
  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2000~2002年度
  • 研究担当者:高松大輔、大崎慎人、関崎 勉
  • 発表論文等:1) Takamatsu, D., et al. (2002) J. Bacteriol. 184: 2050-2057.
                      2) 高松ら (2002) 日本細菌学雑誌 57巻1号 p104.
                      3) 高松ら (2001) 日本細菌学雑誌 56巻1号 p255.