腸管出血性大腸菌O157ゲノムの多様化を引き起こす因子の発見
要約
腸管出血性大腸菌O157で発見された新規蛋白質IEEは、ゲノム上の挿入配列(IS)の除去を促進し、ゲノムの多様化を引き起こす。IEE産生遺伝子を保有する細菌の識別には、ISを利用した分子疫学的解析が有効と考えられる。
- キーワード:腸管出血性大腸菌O157、ゲノム多様性、IEE(IS-excision enhancer)、IS-printing法
- 担当:動物衛生研・安全性研究チーム
- 代表連絡先:電話029-838-7708
- 区分:動物衛生
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分類:研究・普及
背景・ねらい
腸管出血性大腸菌O157(O157)は食品媒介性の人獣共通感染症を引き起こし、人では重篤な合併症を経て死に至るリスクがある。O157の主な保菌動物は牛であることから、食肉の生産段階で安全性を確保すると同時に、その伝播経路を迅速に特定・遮断することが重要である。O157の伝播経路は、主に牛の腸管内で生じると考えられるゲノムの多様性を解析し、個々の菌株を識別することにより特定できる。O157のゲノムには転移因子、中でも挿入配列(IS)が数多く存在しており、その転移がゲノムの多様化に大きく関与することが示されている。O157は遺伝的な同一性が高いため、近年、伝播経路の特定にはゲノムにおけるIS629の分布パターンを解析する新しい菌株識別技術(IS-printing法、図1)が注目されているが、本技術はISの除去を介したゲノムの多様化が起こる菌に対して特に有効と考えられる。そこで本研究では、O157においてIS629分布の多様化が起こるメカニズムを明らかにし、IS-printing法の有効性を評価する。
成果の内容・特徴
- 様々な大腸菌について、ゲノムからIS629が除去される頻度の測定およびDNAチップを用いた遺伝子解析を行うことにより、O157ゲノムからのIS629の除去を促進する新規蛋白質IEE(IS-excision enhancer)を発見した。
- O157においてIEEとIS629に含まれる転移酵素(TPase)を過剰発現させると、一晩の培養で91%の派生株にIS-printing法で得られるISパターンの変化が生じる(図2)。
- その変化を詳細に解析すると、IS629の除去と同時に様々なゲノム欠失がIEEとTPaseにより引き起こされることが分かる。
- 510株のO157分離株のうち、500株(98%)がIEE産生遺伝子とIS629の両方を保有している。したがって、ほとんどのO157分離株に対してIS-printing法で識別できる可能性が高い。
成果の活用面・留意点
- IEEに類似する蛋白質は、肺炎球菌、豚レンサ球菌、レジオネラ菌など人や動物に病気を起こす細菌も保有していることから、本研究の成果は、これらの細菌に対するISパターンを利用した菌株識別技術の開発や疫学解析につながる可能性がある。
- ただし、これらの細菌が持つISはIS629とは異なる可能性があり、その場合はそれぞれの菌種に有効なISを探し出す必要がある。
具体的データ


その他
- 研究課題名:飼料・畜産物の生産段階における安全性確保技術の開発
- 中課題整理番号:323d
- 予算区分:基盤
- 研究期間:2009~2010年度
- 研究担当者:楠本正博、大岡唯祐(宮崎大)、西矢芳昭(東洋紡)、小椋義俊(宮崎大)、齋藤 貴(立教大)、関根靖彦(立教大)、岩田剛敏、秋庭正人、林 哲也(宮崎大)
- 発表論文等:Kusumoto, M. et al. (2011) Nature
Communications 2: 152