カイコの糖鎖修飾反応に関与する新規酵素の同定

要約

カイコで新たに同定された糖鎖修飾酵素は、特徴的な基質分解活性や分布様式を示し、チョウ目に特有の糖鎖をもつ蛋白質の合成に関与すると考えられる。本酵素の活性調節により、昆虫細胞を利用した、様々な糖鎖を有する糖蛋白質製剤の生産が可能になる。

  • キーワード:昆虫細胞、生物学的製剤、糖鎖修飾、組換え糖蛋白質
  • 担当:動物衛生研・次世代製剤開発チーム
  • 代表連絡先:電話029-838-7708
  • 区分:動物衛生
  • 分類:研究・参考

背景・ねらい

現在、人や家畜に由来する糖蛋白質の簡便かつ効率的な調製手法として昆虫を用いた生産系が広く利用されている。しかし、昆虫が産生する蛋白質はアミノ酸配列が同じであるにも関わらず哺乳類等の高等せき椎動物に由来する蛋白質とは生化学的、生理学的に異なる特性を示すことも多く、この理由のひとつとして蛋白質に付加される糖鎖構造の違いが考えられている。
本研究では、昆虫特有の糖鎖修飾反応の理解とその生物学的意義を明らかにし、有用な生物学的製剤の生産へ応用することを目的に、チョウ目昆虫であるカイコの糖鎖構造に注目して「高マンノース型」と呼ばれる特殊な糖鎖修飾反応に関与する固有の酵素を同定するとともに、その生物学的、生化学的な特性を解明する。

成果の内容・特徴

  • 過去の報告から存在が示唆されていたチョウ目昆虫特異的な糖分解酵素の同定を目的としてカイコの公開ゲノムデータベース(KAIKObaseおよびSilkDB)の相同性検索を行うことにより、真核生物由来のヘキソサミン分解酵素と弱い相同性を示す遺伝子断片の配列が見いだされる。この配列情報をもとにカイコのRNAのRACE解析を実施すると、533アミノ酸をコードする遺伝子を単離できる(BmGlcNAcase 2、Genbank登録 AY601817)。系統樹解析により、本遺伝子は新たなグループに属する新規ヘキソサミン分解酵素をコードし(図1)、その遺伝子座は第8染色体上に存在する。
  • BmGlcNAcase 2は既知ヘキソサミン分解酵素(BmGlcNAcase 1)と類似した糖基質分解活性を有するが、より酸性域側でも高い活性を示す。また、両者は阻害剤(2-dideoxynojirimycin; 2-ADN)に対する感受性が異なっている。
  • 本酵素は既知ヘキソサミン分解酵素とは異なり、虫体内で組織特異的かつ成長段階期依存的な発現様式を示す(図2)。また、リソソーム局在型の既知酵素とは異なる細胞内局在を示す。

成果の活用面・留意点

  • 本酵素は、カイコを含むチョウ目昆虫に特有の糖鎖修飾に関与すると考えられる。この活性の調節により昆虫特有の糖鎖修飾反応を制御でき、高マンノース型以外の糖鎖を有する糖蛋白質を、昆虫細胞を用いて産生することが可能になる。
  • 本酵素の同定以降、チョウ目、ハエ目などの昆虫で多様なヘキソサミン分解酵素が単離されており、昆虫由来の新規酵素発見の先駆けとなった。

具体的データ

真核生物由来のヘキソサミン分解酵素の分子系統樹

BmGlcNAcase 1 および2 遺伝子のカイコ体内での成長段階特異的、組織依存的な発現

その他

  • 研究課題名:生体防御能を活用した次世代型製剤の開発
  • 中課題整理番号: 322i
  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2006~2009年度
  • 研究担当者:國保健浩、安河内祐二(生物研)、渡邉聡子、大田方人、犬丸茂樹
  • 発表論文等:
    1) Kokuho et al. (2010) Genes Cells 15: 525-535
    2) Watanabe S. et al. (2002) J. Biol. Chem. 277: 5090-5093
    3) Nagamatsu Y. et al. (1995) Biosci. Biotechnol. Biochem. 59: 219-225