莢膜欠損が豚心内膜炎からの血清型別不能豚レンサ球菌株分離頻度に影響する

要約

豚レンサ球菌(Streptococcus suis)による豚心内膜炎からは莢膜を失った血清型別不能株が多く分離される。莢膜欠損により心内膜炎発症に重要な血小板付着能が高まることが型別不能株の高い分離頻度に影響していると考えられる。

  • キーワード:豚心内膜炎、Streptococcus suis、莢膜欠損、血小板
  • 担当:家畜疾病防除・細菌・寄生虫感染症
  • 代表連絡先:電話 029-838-7708 (情報広報課)
  • 研究所名:動物衛生研究所・細菌・寄生虫研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

豚レンサ球菌(Streptococcus suis)は豚レンサ球菌症の主要な原因菌で、豚に髄膜炎、敗血症、心内膜炎などを引き起こす。特にS. suis感染後の菌血症に耐過した豚では、生残した菌が心内膜に疣贅を形成し、と畜場で解体される際に心内膜炎として摘発される例が多い。本菌は、人にも髄膜炎や心内膜炎などを引き起こし、人獣共通感染症の原因菌としても注目を集めている。S. suisは主に莢膜多糖体の抗原性の違いにより30種類以上の血清型に型別されるが、これら血清型のうち、血清型2型株が最も高頻度に病豚や人から分離されている。しかし、多くの豚心内膜炎由来株では、血清型2型および1/2型のマーカー遺伝子であるcps2J遺伝子を保有しているにもかかわらず、抗2型血清で凝集せず、型別不能株とされることが多い。本研究では、多くのcps2J遺伝子保有豚心内膜炎由来株が血清型別不能となる原因を探ると共に、S. suisにおける莢膜欠損の生物学的意義を明らかにすることを目的とする。

成果の内容・特徴

  • cps2J遺伝子を保有する遺伝学的には血清型2型または1/2型と考えられるS. suis株のうち、豚髄膜炎由来株では全ての株が莢膜を発現しているのに対し、豚心内膜炎由来株では、34%の株が莢膜を失っている(表1、図1)。
  • 一部の莢膜欠損豚心内膜炎由来株では、莢膜合成遺伝子領域に遺伝子の欠失変異や挿入配列要素(insertion sequence element, IS element)の挿入による遺伝子の分断が見られる。
  • 莢膜欠損株は莢膜を発現している株に比べ、豚および人血小板に対して高い付着能を有する(図2)。

成果の活用面・留意点

  • S. suisの莢膜は好中球やマクロファージによる貪食から身を守り、菌が宿主内で生存する上で重要な因子である。従って、莢膜を欠損した株は弱毒になり、病原性を示さないと考えられてきた。しかし、本研究の結果、心内膜炎という病態の形成に関しては、莢膜を失っている方が菌にとって有利な面があることが示唆される。
  • 細菌性心内膜炎の発症過程において、菌が心内膜の異常部位に付着している血小板に付着するという現象が最初の重要なステップであることが知られている。莢膜欠損株では、豚および人血小板に対する付着能が高まっていたことから、付着能の増加が心内膜炎の発症に有利に働くと考えられる。
  • 豚心内膜炎由来S. suis株の血清型別を行う場合、血清型別不能株の中に、遺伝学的には血清型2型または1/2型であるが、莢膜合成遺伝子の変異によって莢膜合成能が失われた株が含まれる可能性があることを留意する必要がある。

具体的データ

表1 cps2J遺伝子保有S. suis株の抗2型血清による共凝集試験結果
図1 抗2型血清による共凝集陽性株と陰性株の電子顕微鏡像
図2 (A)豚血小板に付着したS. suis株のギムザ染色像 (B)莢膜発現および莢膜欠損S. suis株の豚および人血小板への付着能

(高松大輔)

その他

  • 中課題名:細菌・寄生虫感染症成立の分子基盤の解明と診断・防除のための基盤技術の開発
  • 中課題番号:170a2
  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2010~2011年度
  • 研究担当者:高松大輔、Nattakan Lakkitjaroen(東京大)、大倉正稔、佐藤真澄、大崎慎人(農水省)、関崎 勉(東京大)
  • 発表論文等:Lakkitjaroen N. et al. (2011) J. Med. Microbiol. 60:1669-1676