ベクターワクチン開発の基礎となる豚丹毒菌の全ゲノム解読

要約

動物に豚丹毒を引き起こす豚丹毒菌のゲノム解読に成功した。ゲノムサイズはこれまで解読されたグラム陽性細菌の中で一番小さく、生存に必須の栄養素の大部分を宿主に依存しており、また、ゲノムに多く存在する抗酸化酵素やフォスフォリパーゼ酵素の遺伝子群は本菌の細胞内寄生を可能にしていると考えられる。

  • キーワード:グラム陽性細菌、マイコプラズマ、退行的進化、細胞内寄生性
  • 担当:家畜疾病防除・先端的疾病防除技術
  • 代表連絡先:電話 029-838-7708(情報広報課)
  • 研究所名:動物衛生研究所・細菌・寄生虫研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

豚丹毒菌Erysipelothrix rhusiopathiaeFirmicutes 門、すなわち、ゲノムを構成するヌクレオチドのグアニン及びシトシンの合計含量が低いグラム陽性細菌のグループに属し、豚をはじめ動物に様々な感染症を引き起こす。本研究では、本菌の弱毒株をベクターとして用いた、安全で効果のあるベクターワクチンの開発研究を行っている。そこで、本菌の生態学的及び遺伝学的な基礎情報を得るために、全ゲノム解読を行う。

成果の内容・特徴

  • 豚丹毒菌Fujisawa株のゲノムサイズは1,787,941bpであり、Firmicutes 門の中で一番小さく、細胞壁を欠いたマイコプラズマのグループ、すなわちMollicutes 綱に属する細菌のゲノムサイズに近い(図1)。
  • 16S rRNA及び31個の翻訳に関わる蛋白を用いたゲノムワイドな系統学的解析は、本菌を代表菌種とするErysipelotrichia綱は他のFirmicutes 門に属する細菌と系統学的に離れた位置にあり、Mollicutes 綱に近縁であることを示す(図2)。
  • ゲノムシークエンス解析は、豚丹毒菌ゲノムは進化の過程で縮小、すなわち退行的進化をしており、dltABCDオペロンを欠くなど、一般的なグラム陽性細菌の細胞壁を持たないこと、また、脂肪酸をはじめ、多くのアミノ酸、ビタミン、補酵素類を合成する能力がないことを示す。
  • 本菌はゲノム中にそれぞれ9個の抗酸化酵素及びフォスフォリパーゼ酵素をコードする遺伝子を持つ。
  • 以上から、豚丹毒菌はFirmicutes 門とMollicutes綱の両方の遺伝学的形質を持つことが示唆される。

成果の活用面・留意点

  • 豚丹毒菌のゲノム情報は、Firmicutes 門あるいはMollicutes綱に属する微生物の生態及び病原性を解析する上で有用である。
  • 解読された豚丹毒菌の全ゲノム情報は、本菌を安全なベクターとするために病原性に係わる遺伝子領域を明らかにし、病原性のみ失活させるような遺伝子操作を可能とするなど、ベクターとして有益なあらゆる遺伝子情報を提供する。

具体的データ

図1.豚丹毒菌のゲノムサイズと他の菌種との比較
図2.豚丹毒菌の系統学的位置。

(下地善弘)

その他

  • 中課題名:先端技術を利用した新しい疾病防除技術の確立
  • 中課題番号:170c2
  • 予算区分:レギュラトリーサイエンス
  • 研究期間:2008~2011年度
  • 研究担当者:下地善弘、小川洋介、施 芳、江口正浩、白岩和真
  • 発表論文等:Ogawa Y. et al. (2011) J. Bacteriol. 193(12): 2959-2971