コムギ穂発芽耐性遺伝子を検出できるDNAマーカー

要約

DNAマーカーMFT3A1は、コムギ品種「ゼンコウジコムギ」の主要な種子休眠性QTLの原因と考えられるMFT遺伝子の配列多型を識別し、休眠性の高いコムギの遺伝子型の選抜に利用できる。

  • キーワード:MFT遺伝子、穂発芽、種子休眠、QTL、DNAマーカー
  • 担当:作物開発・利用・麦・大豆遺伝子制御
  • 代表連絡先:電話 011-857-9382
  • 研究所名:作物研究所・麦類研究領域
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

コムギは、収穫期が「梅雨の走り」の雨の多い季節と重なるため、種子休眠が十分でないと収穫前に降雨により発芽する(穂発芽)。この穂発芽による被害は、コムギを安定的に生産する上での大きな障害となっている。穂発芽を防ぐためには、コムギ品種の種子休眠性を高めることが必要である。そこで、ゼンコウジコムギの主要な種子休眠QTLの原因遺伝子と考えられるMother of FT and TFL1 (MFT)遺伝子の塩基配列情報に基づいてDNAマーカーを開発し、穂発芽耐性形質の改良に活用する。

成果の内容・特徴

  • MFT遺伝子は、発芽抑制機能を持ち、ゼンコウジコムギの強い休眠性を担う3A染色体の種子休眠QTL: QPhs.ocs-3A.1の原因遺伝子と考えられている(Nakamura et al. 2011)。種子休眠程度の差はMFT遺伝子のプロモーター上の一塩基置換により生じており、チャイニーズスプリング「CS」(休眠性弱)型では、ClaI 制限酵素サイトを持つのに対して、ゼンコウジコムギ「Zen」(休眠性強)型では、ClaI 制限酵素サイトを持たない(図1)。このClaI制限酵素サイトの有無を利用したDNAマーカーMFT3A1は、MFT遺伝子の遺伝子型をZen(休眠性強)型とCS(休眠性弱)型に判別できる(図1)。約850bpの断片を増幅するDNAマーカーMFT3A1に使用するPCRのプライマー配列は、表1に記載。
  • 日本のコムギ品種の育成系譜(福永、稲垣1985)上の110品種のMFT遺伝子型は、関東以西の品種は、ほとんどがZen(休眠性強)型なのに対して、北海道や東北の品種は、CS(休眠性弱)型である(図2)。北海道で2006年に育成された「きたほなみ」なども、CS(休眠性弱)型である。
  • これらの結果から、このDNAマーカーMFT3A1は、北海道・東北地域のコムギ品種の穂発芽耐性の改良、及び北海道のコムギ品種の持つ品質などの優良形質を本州の品種に導入する場合にMFT遺伝子の遺伝子型を休眠性が強いZen型に固定するための選抜マーカーとして利用できる。

普及のための参考情報

  • 普及対象 コムギ品種育成機関
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 ホクレン、旧指定試験地を含む約6箇所の都道府県の試験場、(独)農業・食品産業技術総合研究機構の5つの研究センターのコムギ品種育成機関
  • その他 「ゼンコウジコムギ」と「チャイニーズスプリング」の品種間で検出された種子休眠QTL: QPhs.ocs-3A.1の寄与率は30%程度である。また、品種の持つ他の遺伝子との組み合わせによっては、MFT遺伝子がZen型でも穂発芽耐性が強くならない場合がある。

具体的データ

図1 MFT3A1 DNAマーカー

図2 コムギ品種育成系譜とMFT遺伝子型

表1 DNAマーカーMFT3A1用プライマー

(中村信吾)

その他

  • 中課題名:ゲノム情報を活用した麦・大豆の重要形質制御機構の解明と育種素材の開発
  • 中課題番号:112g0
  • 予算区分:交付金、委託プロ(新農業展開)
  • 研究期間:2006~2011年度
  • 研究担当者:中村信吾、安倍史高、川東広幸(農業生物研)、中園江、田切明美(農業生物研)、松本隆(農業生物研)、宇都木繁子(岡山大)、小川泰一(農業生物研)、半田裕一(農業生物研)、石田浩規(帯畜大)、森正彦、川浦香奈子(横浜市大)、荻原保成(横浜市大)、蝶野真喜子、芦川育夫、三浦秀穂(帯畜大)
  • 発表論文等:Nakamura et al. (2011) The Plant Cell 23:3215-3229.
  • 特許:出願公開番号:2010-075088