コムギ発芽抑制遺伝子MFTの同定

要約

MFT遺伝子は、低温で登熟した休眠の強いコムギ種子で強く発現し、種子胚の発芽を抑制する。染色体上の座乗位置、及び形質転換体による相補実験の結果から、MFT遺伝子はゼンコウジコムギの強い休眠性を担う主たる量的形質遺伝子である。

  • キーワード:MFT遺伝子、穂発芽、登熟温度、種子休眠、QTL
  • 担当:作物開発・利用・麦・大豆遺伝子制御
  • 代表連絡先:電話 011-857-9382
  • 研究所名:作物研究所・麦研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

コムギは、収穫期が「梅雨の走り」の雨の多い季節と重なるため、種子休眠が十分でないと収穫前に降雨により発芽する(穂発芽)。この穂発芽による被害は、コムギを安定的に生産する上での大きな障害となっている。そこで、コムギの種子休眠の制御に関わる遺伝子を同定し、種子休眠を高めることによる穂発芽耐性形質の改良に活用する。

成果の内容・特徴

  • 登熟温度が低いほどコムギの種子休眠は強い。種子休眠の強い品種である「農林61号」を開花後に13°Cで栽培・収穫・発芽試験するとその発芽率は0.3%であるが、25°Cで栽培・収穫・発芽試験をすると96%であり、13°Cで栽培した場合に発芽率が低く、休眠性が高い。
  • 登熟温度の種子休眠に与える影響を遺伝子レベルで調べるため種子胚の遺伝子発現量をDNAマイクロアレイで解析すると、Mother of FT and TFL1(MFT)遺伝子が、13°Cで登熟した休眠の強い種子の胚で強く発現していた(図1)。
  • MFT遺伝子を恒常的強発現プロモーターであるユビキチンプロモーターにつなぎ、遺伝子銃を用いて未熟種子胚に導入し、一過的に強く発現させると、胚の発芽が抑制された (図2)。したがって、MFT遺伝子には発芽を抑制する機能がある。
  • MFT遺伝子は、マッピングにより3A染色体に座乗する作用力の強い種子休眠QTL: QPhs.ocs-3A.1(Mori et al. 2005)近傍に座乗し、QTL検出親品種間で比較すると、休眠性の弱い「Chinese Spring(CS)」より、休眠性のきわめて強い「ゼンコウジコムギ(Zen)」で強く発現する。CSとZenのMFT遺伝子間では、蛋白をコードする配列は同一であるが、発現制御に関わるプロモーターの配列が一塩基だけ異なり、この一塩基置換を持つZen型のMFT遺伝子のゲノム断片をCSに導入するとMFT遺伝子の発現が強くなり休眠が深まる(図3)。
  • 以上の結果は、MFT遺伝子が発芽抑制因子として働くこと、その発現は低い登熟気温で強く誘導されること、そのプロモーター上の一塩基置換がゼンコウジコムギの強い休眠性を担う3A染色体の種子休眠QTL: QPhs.ocs-3A.1の原因配列多型であることを示す。

成果の活用面・留意点

  • MFT遺伝子のプロモーター上の一塩基多型は、ゼンコウジコムギの強い休眠性を担う種子休眠QTL: QPhs.ocs-3A.1座を他品種・系統に導入するためのマーカー開発に利用できる。

具体的データ

図1 13°Cと25°Cで登録した完熟種子胚の遺伝子発現量のマイクロアレイ解析にしる比較図2 一過性発現アッセイによる機能解析
図3 Zen型MFT遺伝子導入CS形質転換体のT1種子の発芽指数とMFT遺伝子発現量
(中村信吾)

その他

  • 中課題名:ゲノム情報を活用した麦・大豆の重要形質制御機構の解明と育種素材の開発
  • 中課題番号:112g0
  • 予算区分:交付金、委託プロ(新農業展開)
  • 研究期間:2006~2011年度
  • 研究担当者:中村信吾、安倍史高、川東広幸(農業生物研)、中園江、田切明美(農業生物研)、松本隆(農業生物研)、宇都木繁子(岡山大)、小川泰一(農業生物研)、半田裕一(農業生物研)、石田浩規(帯畜大)、森正彦、川浦香奈子(横浜市大)、荻原保成(横浜市大)、蝶野真喜子、芦川育夫、三浦秀穂(帯畜大)
  • 発表論文等:Nakamura et al. (2011) The Plant Cell 23:3215-3229.
    特許:出願公開番号:2010-075088