雄牛の精子形成過程におけるエピジェネティックなリプログラミング

要約

精子形成過程におけるDNAメチル化状態を解析したところ、OCT4NANOGなど初期発生に必須の遺伝子は成熟精子ですでに脱メチル化されており、これらの遺伝子のリプログラミングは受精後の発生をサポートするための機構であると考えられる。

  • キーワード:精子形成、エピジェネティクス、DNAメチル化、リプログラミング
  • 担当:畜産草地研・高度繁殖技術研究チーム
  • 代表連絡先:電話029-838-8611
  • 区分:畜産草地
  • 分類:研究・参考

背景・ねらい

哺乳類の生殖細胞形成過程では、減数分裂・相同組換えというゲノム(遺伝子)のシャッフリングが行われることで、次世代の遺伝的多様性が確保される。と同時に、遺伝子発現を制御するゲノムの修飾機構であるエピジェネティクスもダイナミックに変化し、リプログラミングが起こることが知られている。このような研究はこれまでもっぱら実験動物(マウス)を用いて行われてきており、家畜においても同様なリプログラミング機構が存在するかどうか実験的に確認した研究は少ない。そこで、マウスで初期発生に必須な遺伝子であるOCT4NANOGおよび雌個体でX染色体不活化に必須なXIST遺伝子のDNAメチル化状態を、雄牛の体細胞(末梢白血球)および精子を用いて分析し、家畜におけるエピジェネティックなリプログラミング機構の解析を行う。

成果の内容・特徴

  • 新鮮射出精子(雄牛#1?2)と凍結精子(雄牛#3?8)を用い、各遺伝子のメチル化レベルを1塩基レベル(哺乳類では主にCG配列のシトシンのみがメチル化される)で解析した結果では、図1に示すように、体細胞(末梢白血球)ではいずれの領域も高度にメチル化されている(●が多い)が、精子ではほぼ完全に脱メチル化されている(○が多い)。
  • 黒毛和種・褐色和種・ホルスタイン種での品種間における差は、観察されていない。個体間でのバラツキは多少あるものの、図2に示すとおり、いずれの遺伝子も精子形成過程において脱メチル化されることが分かる。

成果の活用面・留意点

  • これらの遺伝子のメチル化状態に異常がある場合、発生が正常に進まないことが考えられることから、不妊症の診断に用いることができる可能性がある。
  • OCT4NANOG遺伝子はいずれも初期発生時に発現する多能性関連遺伝子であり、またX染色体を持つ精子由来の受精卵は全てメスになるため、XIST遺伝子も受精後の胚発生過程において発現されなければならない。このような背景を考慮すれば、雄牛の精子形成過程におけるこれらの遺伝子の脱メチル化(エピジェネティックなリプログラミング機構)が、受精成立後の正常な初期発生をサポートしているものと考えられる。

具体的データ

雄牛#1の各遺伝子のDNA メチル化状態をバイサルファイトシーケンス法により解 析

雄牛# 1 ?# 8 (黒毛和種4頭、褐色和種3頭、ホルスタイン種1頭)の各遺伝 子のDNA メチル化状態を個体ごとにプロットした。縦軸はメチル化の割合を示す。

その他

  • 研究課題名:高品質畜産物生産のためのクローン牛等の安定生産技術の開発
  • 中課題整理番号: 221n
  • 予算区分: 基盤、交付金プロ(クローン牛)
  • 研究期間:2009?2010年度
  • 研究担当者: 金田正弘、渡辺伸也、赤木悟史、原口清輝、ソムファイタマス
  • 発表論文等:
    Kaneda M. et al. (2011)BMC Proc. 5(Suppl 4): S3
    武田ら(2011)日本胚移植学雑誌 33(2):67-73.