キナーゼ阻害剤を使用した自己増殖能を有するブタES様細胞株の樹立

要約

ブタ胚盤胞から内部細胞塊を取り出し培養する過程において、3種類のキナーゼ阻害剤(GSK3β、MEK、ROCK阻害剤)を使用することで自己増殖能を有するLIF依存性のES様細胞株が樹立される。

  • キーワード:ブタ、ES細胞、ES様細胞、自己増殖能、キナーゼ阻害剤
  • 担当:家畜生産・有用家畜作出
  • 代表連絡先:電話 029-838-8611
  • 研究所名:畜産草地研究所・家畜育種繁殖研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

1990年以来、世界中の研究者らによって行われてきたブタES細胞の樹立は未だ成功には至っていない。胚盤胞分離培養(outgrowth culture)から数回の継代培養で得られた“ES様細胞”に関する報告はいくつかみられるが、継代培養中に分化や死滅が起こり、よって自己増殖能を有する細胞株の報告は無い。ブタES様細胞が自己増殖能を有していれば、獣医畜産分野における薬剤試験や毒性試験などへの応用が期待できる。また、真のブタES細胞株樹立の足がかりが得られることも期待される。本研究は、3種類のキナーゼ阻害剤(GSK3β阻害剤: CHIR99021、MEK阻害剤: PD184352、ROCK阻害剤: Y27632)を用いて、自己増殖能を有するブタES様細胞株を樹立し、その特性を解析する。

成果の内容・特徴

  • 基本培地は、KnockOut-DMEM に2mM GlutaMax、1% NEAA、15%KSR、0.1mM 2-ME、および20ng/ml ヒトLIFを加えたもので、これに6.0μM CHIR99021、1.0μM PD184352、10μM Y27632を添加する。
  • 阻害剤の添加前後で、細胞コロニーの形態は図1に示すように大きく変化する。すなわち、阻害剤を含まない基本培地で培養すると、コロニーは脂質様物質を多含する多角形の細胞集団で、核/細胞質比が高く、細胞間の境界が明瞭な扁平状の形態を示すが、阻害剤の添加により細胞間接着が密になり、辺縁が滑らかなドーム状のコンパクトなコロニーに変化する。
  • 自己増殖能を有するブタES様細胞は、アルカリホスファターゼ活性(ALP)陽性でSSEA1, SSEA4, OCT4, NANOG等、主要な未分化マーカーを発現する(SSEA3は陰性)(図2)。
  • 樹立されたブタES様細胞はLIF受容体を発現しており、培地中のLIFはSTAT3のリン酸化(活性化)を誘導する(図3)。その結果、細胞株はLIF依存的に増殖し、100回を超える安定した継代培養が可能。

成果の活用面・留意点

  • 自己増殖能を有するブタES様細胞株樹立は初めての報告である。本細胞株の多分化能については今後検討が必要である。
  • 本法により樹立される細胞株の特性にはばらつきがあり、作出された細胞株の10-20%が高い自己増殖能を有する。
  • 継代培養にはフィーダー細胞(マウス胎仔線維芽細胞)が必要であるが、マトリゲルコーティングとフィーダー細胞コンディションメディウムを用いることで、無フィーダー細胞培養も可能である。

具体的データ

 図1~3

その他

  • 中課題名:生殖工学を用いた有用家畜作出技術の開発
  • 中課題番号:130c0
  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2010?2012年度
  • 研究担当者:原口清輝、菊地和弘(生物研)、中井美智子(生物研)、徳永智之(生物研)
  • 発表論文等:Haraguchi S. et al. (2012) J. Reprod. Dev. doi: 10.1262/jrd.2012-008